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一色登希彦 ブログ / 三重県の小さな町に在住 現在は飲食店に従事 漫画描いてました

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「漫画家のなり方」40

第11章 プロになりたいと思う かどうか

あいまいなままでなく、どこかの時点で、「プロとはなにか」、「本当にプロになりたいかどうか」について考える必要があります。
そのことについて書きます。

なぜ、このことに項を割くかというと、漫画家志望者を見ていて、そうしたことを本当にギリギリ検証した上で「漫画家になりたい」と決意をして飛び込んだ人ばかりには、どうしても見えないからです。


「他にやることがないから」
「漫画が好きだから」
「画を描くことが好きで、得意で、それを活かすのは漫画がいいと思ったから」
「儲かりそうだから」

そうした甘い動機の人が、言葉の上では「漫画家になるしかないと覚悟してきました」と飛び込んできます。
けれど、決意が甘い人は、ちょっとしたことで簡単に挫折し、漫画を描かなくなります。
いちど編集者にネームを見せに行って、批評を受けて落ち込んで、以後半年、再びネームを見せにいかないどころか、ネームすら描かない。
客観的に、こう書かれた文章を読めば、「そんなことじゃ漫画家になれるわけない」と考えていただくことができると思います。
しかし、多くの人が、様々な理由を作ってはこんな風に漫画を描かなくなります。

「プロの作画アシスタントになる」という尊い決意以外は、漫画家になると決意した以上は、本当に漫画家になるか、漫画家になることをあきらめてこの世界を去るしか、みじめでない道はありません。

本当にプロになりたいかどうか、もう一度考えて下さい。
「プロとはなにか」、「本当にプロになりたいかどうか」についてのいくつかを書きます。


   その1 自分の「名」で「生き死に」をしようと思うかどうか

漫画家として、漫画を描いてお金をもらって、生活をしてゆく。
その循環を作り上げるということは、自分の名前で自分の生き死にを決める、ということです。

日々において、なにがストレスになりますか?

自分ですべて決めたいのに、それがかなわないことがストレス?

自分がすべてを決めなければいけない重圧に耐えかねることがストレス?

今、自分自身を振り返ると、漫画家さんのアシスタントをしながら、自分の漫画では生活できないどころか、ただの1本の漫画さえどうやったら雑誌に載るのかわからない日々は、とても苦しかったです。
アシスタントをして、いただけているお給料は、どう控えめに言っても「好待遇」で、「日々の生活」には困らないどころか、今思い返すとその時の自分をしばき倒したくなるくらいにお金のありがたさに無自覚であった瞬間もありました。

けれど、ストレスはものすごかったです。
ただもう、自分の漫画が認められない、雑誌に1本載ることができない。それはきっと、他の仕事でどれだけのお金をいただいていても、解消出来ないことだったはずです。
「自分ですべて決めたいのに、それがかなわないストレス」であったわけです。

それに比べれば、漫画家になることで背負う、
「自分がすべてを決めなければいけない重圧」は、ストレスではありませんでした。

痩せても枯れても
「自分の名で生き死にをしていたい」という選択をしたのです。
生き死にですから、もし、自分の名で漫画を描いて、生きることができなければそれは、漫画家としては本当に死にます。

プロになりたいと思うかどうかは、その選択を決意することです。
あまり生易しい世界ではないので、何となく踏み込んんだりはしない方がよいです。


   その2 「エンターテインメント」の、日本語訳 わかりますか?

「エンターテインメント」の日本語訳、すぐに言えますか?

おもてなし、です。

この先は自分の当て字的解釈ですが、おそらく、「面を為す/おもてをなす」という意味なのだろうと思います。
来訪者を歓待する。来訪者に対してのおもてつらをととのえる。来訪者をウェルカムする。
そういうことが、「エンターテインメント」(エンターさせること/入場させること/おもてなしをすること)です。

自分のこととして反省するのですが、「エンターテインメント」という言葉に、むやみなアレルギーを持つかもしれない感じ、は、わかります。
「ハリウッド映画的エンターテインメント」のようなイメージ。
「受け手に迎合」しているだけの中身の無さ。
そうしたへその曲げ方をしたくなる空気が、「エンターテインメント」という言葉が使われる時にはまとわりついてきやすいです。
自分が未熟な時に、編集者を始めとして、助言者が、「エンターテインメント」という言葉を使ってくると、身がすくんで拒絶反応をしたくなる気持ちは、わかります。

そうした「経験的偏見」がありましたら、それをひとまず脇に置いて、「エンターテインメント」という言葉の意味をかみくだいてみて下さい。

他者に読んでもらい、お金をいただく、それで生活するという目的において、描かれる漫画はすべてエンターテインメントです。

他者に喜んでもらうことと、自分の描きたいことが、紙の上に描き出されていくときに、一致すること。
その一致の範囲の大きさや、一致のしかたは、作品や作者それぞれの形がありますが、「一致すること」が、おもてなしです。
エンターテインメントであること、が、プロの条件です。

人に楽しんでもらいたいと思えるかどうか、が、プロの前提条件です。


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