ネームの語源は、印刷物の「写植」(漫画のセリフとかの文字ね)のことを業界用語で「ネーム」と言っていたらしいことから、と聞いたことがあります。
少し前まで、紙の原稿に、紙の状態の「写植」文字を張って、漫画原稿が出来上がる作業が主流であったころは、たしかに編集者はじめ、「写植」のことを「ネーム」とも言っていた記憶もあります。
いまでも、漫画における「文字」の部分を総称して、「ネーム」と言っていますね。
狭い意味では、漫画の「セリフ」「文字」のことだと言ってよいはずです。
もう少し、広い意味でも「ネーム」という言葉を使います。
漫画家や編集者が、原稿作業以前の打ち合わせ等の作業段階において「ネーム」という場合、原稿の下描きを描くさらにその以前の段階の、作品のページ数を想定したページ数で描いたモノ、コマ割りもされて、文字も読める、「下書きの下書き」のようなモノです。
多分、映画、映像の言葉から来たのだと思う「コンテ」「絵コンテ」という言葉を使うこともあります。
漫画の作業においては、大体同じ意味です。
漫画の設計図のようなものです。
ですので、漫画家がだいたいどのような画を描くかわかっている場合は、編集者もネームを見ることで大体の完成形を想像することができます。
本章その7で書いたように、編集者に「次に見せてくれる時はネームでいいよ」と言われることが重要なのは、ネームの完成時点から完成画稿にするまでの作業が大変な苦労であるためです。
ネームの時点で推敲もせずに完成画稿にして初めて人に見せた場合、「ここがわかりにくい」「ここを直したらもっとよい」と言われてから直すのは、大変な労力を要します。
設計図ということで言えば、建築物を完成させてから欠陥に気付いた時に、そこをまた設計図レベルから直し、そして実際に出来上がってしまった建物を直すのはものすごく大変だ、ということです。
その点を、ネームの時点で吟味して推敲することができるのは、効率的で理にかなっているのです。
しかし新人といえる時点の方が困る大きなことのひとつに、「ネームはどんな描き方をすればよいのか?」ということがあります。
完成原稿にはそれでも決まったフォーマット(規格)がありますが、ネームは例えば紙の大きさなど決まっていなく、かなり人によってまちまちです。
また、それ以上に、「絵をどれくらい丁寧に入れるとよいのか?」という点も、困るところです。
大雑把に言えば、「相手がわかりやすい描き方」がよいです。
まず大きさ。
大きさは、1ページあたり、最大でも原稿1枚のサイズと同じB4サイズ。ただあまりこの「原寸サイズ」で描く方は多くないかも知れません。「持ち歩きに不便」という理由もあるかもしれません。もちろん描きたければこのサイズで描いてもまったく問題ないですよ。
いちばん多く目にするサイズは、2ページの見開きサイズで、B4あるいはA3で描くパターンでしょうか。

冒頭でもお見せしたこの画像のネームは、
自分のボツネーム。
これは、B4の紙に見開きを2ページ分、
画は簡単に「丸ちょん」の描き方です。
手前味噌で恐縮ですが、少し余談。
上のネーム、ちょっと解像度が小さめで、
すべてのセリフが読めないとは思いますが、
少し見入っていただくと、
「何が描いてあるのだろう?」
という気持ちで、読み込みたくなるココロになるはずです。
読んでみて、面白いか面白くないか、好きか嫌いか、は置いておいて下さいね。
プロのレベルのネームは、
遠目にちょっとでも目に入ると、「何だろう?」と気になる。
そういう作りを備えています。
おすすめ文献の章でもご紹介した、
菅野博士(菅野博之)さんの書かれている技法書は、
そのあたりのことをとても詳細にひもといてくれています。
(この本は、タイトルとデザインが恥ずかしいなあ・・・)
さて、ネームの体裁に話を戻します。
実はもっと、もっともっと小さなサイズで描くパターンもあります。
B4やA4程度の大きさの紙に、小さく十数ページ分のページを割ります。そうなると実際には1ページがクレジットカードくらいの大きさですね。そこに描いていっても、ネームとしてじゅうぶんです。ただ、例えば編集者に見せる場合には、最後に拡大コピー等をして「常識的な大きさ」にした方が良いかも知れません。
こうした方法で問題なく描いている方もいます。

これは、漫画家の
元町夏央氏からご提供いただいたネームの写真です(ブログに遊びにきてね、とのことです)。
元町さん、ありがとうございます。
上で紹介した、一色のネームと同じくらいのスケールの写真です。
これは、A3かな?この紙に、16ページ分のネームを描いています。
消しゴムやボールペンから、大きさはわかっていただけるでしょう。
この「小さく描く」メリットは、
ひとつは、パッと見で、1枚で、全体の構成を一望できること。
ひとつは、描く「実時間」が短くなること。
ひとつは、喫茶店等公共の場所で描き込んでいても、何を描いているのか回りの人にわかりにくい、ということがあります。
大きめの紙にネームを描いていると、わりかし回りの人に「あ。漫画描いてる」と認識されてる目線が感じられもするので、それはなくなります。
ただし逆に、時々いらっしゃる、自分もよくわからない種類の方ですが、紙切れ一杯にその人にしかわからん「宇宙の真実」とか「自分だけが気付いた法則」とからしい、細かい書き込みを書いていらっしゃるちょっと地面から足が離れてしまった方がいますが、そうした方とほとんど同じに見られるおそれがあります。
「ほとんど同じ」というか、実は「同じ」かもしれません。
違いがあると思い込めるとしたら、「こっちはこれをお金に換えられるのだ!」という点くらいかしれません。・・・なんとしてもお金に換えましょう。
「そんな小ささで、セリフも含めて描き込めるのか?」とお思いの方もいらっしゃるかも知れません。それは、描けます。むしろ、その小ささに描ける範囲でセリフ等を簡潔に出来る方が、出来上がった作品のリズムは良いかもしれません。
次に、描き方、描き込み方。
コマ割りは、理解してもらえるようにちゃんとコマを割って描きましょう。
台詞、文字としてのネームも、ストレスなく読んでもらえる範囲で書きましょう。
難しいのは「画」です。
先に書いたように、すでに自分の絵柄を相手に理解してもらっているプロならば、画、例えば人物などは、「丸描いて、ちょん」でじゅうぶん良いです。
ただ、例えばプロでも、「画の説得力を出したい」という意図があるならば、原稿の下描きのような緻密な画を入れれば入れるほど、説得力は増します。これは、自分の漫画をネームの時点で自分であるいは他人と緻密に検証したい場合に、あるいは、プロだとしても、初めて仕事をする相手に見せる場合等にそのようにするかもしれません。
あるいは、自分も今現在そのやり方なのですが、ネーム・絵コンテがそのまま下書きを兼ねるいくつかのやり方をしている方もいます。
そうした場合も、下書きとしての緻密さをもったネームになります。

これも自分のネーム。
このネームは、完成原稿の下描きを兼ねていますので、
緻密に描いています。
緻密なネームを描いてしまうことの難点もあります。
その緻密なネームが下描きとしての用を兼ねていない場合、いざ原稿を描こうという時に、もういちど原稿用紙に緻密な下描きを描かねばなりません。
経験した方ならお分かりだと思いますが、一度気軽にすらすらと描いたネームの線の勢いを見ながら、それを原稿に写し取ろうとして、どうしても上手くいかない、元のすらすら描いた簡単な線の方が生き生きしているように見える、ということになって困り果てる、ということがあります。
話がそれつつ、デカくなりますが、
「完成原稿より、ネームの方がいい気がする、なぜだろう?」という事態がままあります。
特に、新人さんにそれは多く見受けられます。
ネームの方が生き生きしているのです。
技術論的には、
「ネームの完成度を超える完成度の原稿を上げることがプロの技術」
ということだとは思います。
このことは、この言い方で理解していただけるか、自信がありませんが、述べておきます。
ネームの方が生き生きして見える、という時には、完成原稿の方が、生き生きしたネームの、その自己模倣、劣化コピーになってしまっている。
ということです。
おそらく、自分のネームを脇に置きながら、それを見ながら原稿を描いたのだと思います。
その描き方をすると、懸命に描けば描くほど、オリジナルに近いのにどうしてもオリジナルに遠い自己模倣になります。
作品を描く時には、真っ白な紙を凝視して、そこに、自分のアタマからだけ削り出した、
「脳から出たオリジナルな画」
を焼き付けなければなりません。
このことが、ネームに緻密な画を入れ過ぎない方がよい理由のひとつです。
これは、編集者という業務分担の人にはどうしても理解不能なことです。
絵を描くかたなら、おわかりいただけるはずです。
しばしば編集者が「ネームではとても良い気がしたのだけど、何だか完成原稿を見たら、腑に落ちない感じがする」となるのですが、それは、ここに書いた理由によります。
このことを編集者は、あまり上手に言語化できません。
漫画を描く立場の方は、この点は強く意識して、この点を編集者に委ねてしまわぬようにして下さい。
永久に解決出来ない案件が、自分と相手の間の宙に浮くことになります。
これを解決出来るのは、描き手個人、描き手どうしだけです。
話がそれました。戻します。
ネームは、今のところ、JIS規格的な絶対的なフォーマットはありません。
ネームの画の描き込み方は、どのようにしても良し悪しがあります。
相手とのやり取りをしやすいように、相手の意向も聞きつつ、いちばん効率の良いやり方を探して下さい。
そしてそのやり方は、臨機応変に変更可能でいて下さい。
付記のはずなのに長くなっちゃった。
次章9章は、最初に雑誌に載るまでのプロセスについて書きます。
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