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一色登希彦 ブログ / 三重県の小さな町に在住 現在は飲食店に従事 漫画描いてました

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「漫画家のなり方」30

第8章 最初の漫画 最初の1作を描いてみる

   その4 誰も言っていないのに、勝手にダメだとか言わない

描き上げないままでいると、だんだん、色々なココロが動き出します。
だれもそんなこと言っていないのに、描いている作品がものすごく良いものに思えたり、逆に、ものすごくつまらないものに思えたりします。


前者は、悪いことばかりでもないですが、後者のようになって、自分で勝手に、作品の評価を悪いものにしてしまう意味はまったくありません。
これも、実は、描き終わらないでいたいための、「描き上げたくない病」の、いち症例です。

「こんなのダメだ」とかいって、ウダウダしている時間があるから、そんなことになります。
プロの漫画家は、「こんなのダメだ」と思っていようと、「いいから原稿渡しなさい」と言われて、締め切りが近付くと原稿を持っていかれてしまいます。
時間がくれば持って行かれてしまう。でも、ダメだと思う作品を世に出したくないから、良いものにしていこうとするのです。

そして、作品が良いか悪いかを評価することは、創っている途中の当事者には出来ません。公正に作品を自己批評する判断力はありません。
出来るのは、経験を用いて、理性の限りを駆使して、良いと思われるものを目指す、という作業だけです。あるいは同じ意味において、出来が悪くなってゆくことを可能な限り防ぐ作業だけです。

ダメかどうかは、出来上がったあとで他人が決めることなので、執筆中の作品の自己評価はあきらめて、完成を目指しましょう。
創っている最中に、作品の自己評価をすることの意味は、まったくありません。

いいから1本、描き上げましょう。


   その5 完成 おめでとう!

晴れて完成。
読んだことないのが申し訳ないのですが、その作品は絶対にステキです。
それは、拝見しなくてもわかります。
完成おめでとう!
心から祝福します。


   その6 ホントにその第1作目の漫画は、素晴らしい。ステキです。

多くの方の「第1作目」を見せていただいて、「好きじゃない」と、あるいは「すばらしくない」と思った記憶がありません。

そこには、未熟さや、恥ずかしさや、照れや、切実さや、誇らしさや、悪意や、しばしば殺意や、劣等感や、要するにその人の、人間としての素晴らしさがどうしようもなくにじみ出ているので。

同時に、もっと良くした方がいい部分が、たくさんあります。
で、出来上がったことのおめでとうはここまでにしておいて・・・本当のおそろしいことは、ここから始まります。


   その7 他人に見せる 出版社、漫画雑誌編集部に持ってゆく

完成した、その素晴らしい作品を、必ずしも見も知らぬ他者が手放しで「素晴らしい」と言ってくれるわけではないことを、ほとんどの人が初めて知ることになります。

職業漫画家を目指す場合、今のところ、漫画雑誌での掲載の可能性を探ってゆくことが、大きな道筋です。

冒頭数章に書いたように、漫画雑誌を含めた漫画の経済構造は岐路にあって、今後短い間に大きく変化するかもしれません。
その時には、「漫画家になりたい人」がまず最初に持って行って見せる相手が、出版社、その出版社の漫画編集者ではなくなっているかもしれません。

そうなれば、本論、本項は、また加筆修正をしていこうと考えます。

こう注意書きをすることでもわかっていただきたいのですが、今、この時代、この社会状況のなかで、「自分の描いた漫画が面白いか面白くないか」「漫画家になれるかどうか」を、出版社、漫画雑誌、漫画雑誌編集者に委ねすぎていないかどうかを意識することは重要かも知れません。

自分の漫画を読者さんに届けるため、読んでもらうため、その対価を手にするために、出版社、漫画雑誌、漫画雑誌編集者が果たしていた役割が今後変化する可能性はあります。
今、無意識のうちにそうしてしまっていることも含め、漫画家になりたいと考える人は、「自分の描いた漫画が面白いか面白くないか」「漫画家になれるかどうか」について、大なり小なり、出版社、漫画雑誌、漫画雑誌編集者に委ねてしまっています。
何かあったら、いざとなったら、「描いた漫画が面白いか面白くないか」「漫画家になれるかどうか」は、他者ではなく、それもすべて自分自身で負えるような心づもりを、アタマの片隅に置いて下さい。

少なくとも漫画雑誌の編集者とは対等です。けれどそれがまた難しいことは、先に触れました。
不遜な編集者もいます。
漫画家になりたいと持ってくる人間の漫画が、あまりにどうしょもないものが多いのかもしれないことも、もちろんあります。描いた漫画を持って行って、企業のオトナの言うことを聞いていれば、漫画家になれる・・・。漫画家になる方法は、知らぬ間にそうした不文律に支配されすぎていて、本来は漫画家になりたい人間が、もっとモノを考えなければいけないことすらも、考えないようになっているようにも見えます。
「企業/社員の不遜」と「漫画家になりたい者の甘え/未熟」、その他その他。
両方に問題はあるはずです。
その問題が、経済的、精神的に、双方にいくつもの難しい局面を作っています。
やがて変化が生じて、変わってくることもありますし、当面はこの問題が続く面もあるかもしれません。

本論のこのあたりの注意書きが、早くオールドファッションドなものになるとよいですね。
「そんな過渡期もあったねえ・・・」と、早く言えるようになるとよいです。

本論は、漫画家になりたい人の側の問題として、企業/オトナへの無意識の甘えや、明け渡してしまっている「ノウハウ獲得の努力」のようなものをもう一度掘り起こして、個人のレベルで身につけてもらおうと意図しています。

そうしたことは、アタマに置いて下さい。
それを踏まえて、今は、取りあえず漫画雑誌への掲載、漫画単行本の出版、を、目指しましょう。

完成作品を、漫画雑誌の編集部に持っていきましょう。
多くの場合、漫画雑誌の編集者は、作者への人格的好き嫌いと関係なく、作品だけを評価してくれる、初めての他者となります。

プロの漫画家を目指すわけですから、ともかくその作品の商業的価値、現時点での自分の実力が果たしてどれくらいのものなのか、知る必要があります。

漫画雑誌の編集部に持って行く。あるいは持ち込みに行かずに、雑誌が設けている新人賞に応募する手もあります。
どの雑誌がどのように新人作品を求めているかは、これも、自力で調べてください。必要なことを調べることが出来るのは大前提です。

持ち込みと新人賞応募、どちらが良いのかは一長一短あります。

賞に応募の場合、手元からオリジナル画稿を手放して、選考結果が出るまで一定時間がかかります。その間、他の出版社や編集部にアプローチすることも出来ずに、そわそわしながら待つことになります。
ただ、新人賞は選考課程で複数の編集者が目を通してくれることが多いようです。その中で、作品を気に入ってくれた編集者が、担当に付きたいと名乗りを上げてくれる可能性があります。
残念ながら賞の最終選考に残らなかった場合も、編集者が連絡をくれる、ということもあります。
そうなれば、自分の作品を気に入ってくれた、少なくとも自分の今後の可能性を積極的に感じてくれた相手との出会いとやり取りになるわけですから、その先のしばらくの間のやり取りはスムースに進む可能性があります。

持ち込みの場合は、例えば編集部の中で当番制のようになっていたりして、とにかく、どんな気分の、どんな相性の編集者が出てくるかわかりません。
初めて持ち込みに行く人は、これまた多くの場合、どんな風にほめられるかを期待して行きます。
残念ながら、作品の出来がかなりよくても、ほめられることはあまりないと覚悟しておいた方が良いです。ほめられたら、ものすごく喜んで下さい。
なぜほめられないだろうかという理由は、考えてみてください。
相手の編集者は、漫画雑誌に載っている、バリバリのプロの漫画家の漫画作品の原稿を、日常的に目にしている人々なのです。
そして、相手は、例えば週刊誌ならば、週刊連載のとんでもない仕事のペースの中で、別に見たくもない(かもしれない)持ち込み原稿を見るために時間を割いているのです。その人がはなから疲れているかもしれません。昨日徹夜で、アタマ回っていないかもしれません。
よっぽどの奇跡的で天才的な作品、「これすぐ掲載しようよ」と言いたくなる作品に巡り会わない限り、残念ながら、あまりほめられないでしょう。

描き上げて、持って行くことにした手元の漫画作品が、これ1作で世の中を変えたり、この1作が掲載されないなら本当にその場で命を絶つ覚悟で行ったのでない限り、ほめられないことにはがっかりしつつ、その場で得られる最大限のことを得て帰ってきて下さい。

ことによったら、「今度はネームで持ってきて」と言ってくれる編集者がいるかも知れません。
もしそう言われたら、ものすごい特権を手に入れたと考えて下さい。
なにしろ、ゼロから漫画作品の完成品を描かずに、ネームの段階で相談出来る他者、しかもプロの相手が出来たのです。どれほどの時間の節約になるか、想像して下さい。

また、次の項で述べるように、言われる感想や批評に対してももちろんですが、馴れない相手であるはずの漫画雑誌編集者の、時としてビックリするような対応にもビックリしないココロの準備をして下さい。

描いた漫画は、できる限り、たくさんの出版社、編集部に持ち込むとよいです。
なにしろ、自分を紹介出来る「名刺代わり」になるものは、今のところその漫画作品1本だけです。
「あずかりたい」などと言われてオリジナル画稿を預けてしまうと、その作品が本当に生かされるかもわからないまま、もう他に回ることは出来なくなります。
よほど、その雑誌とその編集者に命預けたいと思うのでなければ、作品を預けることは保留にして、取りあえず、自分の思いつく限りのところへ、持って行くとよいです。

さて、次は、そのようにして、初めて「アカの冷たい他人」からの評価にさらされて、ビックリすることになります、という話をします。


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