一色登希彦/ブログ 

一色登希彦 ブログ / 三重県の小さな町に在住 現在は飲食店に従事 漫画描いてました

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「漫画家のなり方」24

第7章 漫画家に なりたい人 なる人 なれない人 ならない人

   その3 漫画家になれない人  

      5 ブログで、好き勝手に「ネガ」をひけらかしている


ブログ(SNS等々も? ・・・よく知らないんですがその辺になると、ホントは)をやっている人ならば、その人のブログを見れば、漫画家に「なれる人」か、「なれない人」か、だいたいわかります。

「不特定多数」の人に自身をさらすという行為に対する、姿勢や意識や覚悟のほどが、あからさまに、ほとんどわかってしまうからです。



ネット、ブログ、SNSで、人の悪口、職場の悪口、雇い主の悪口、日常の不満、愚痴を、書いてしまうことに無自覚な人は、漫画家に限らず、表現行為で食べて行く何者かには、なれません。

ネットにて公開している、ということは、誰に見られても文句は言えません。
そのネットでの記述は、誰がみているかわかりません。読み手をコントロールは出来ませんし、それは、人から人に伝わって、思わぬ人がそれを知ることもあります。
当然、自分を知る人は見ている可能性が高いです。
友人、編集者はじめ、仕事上の付き合いのある相手。
よくて、差し障りのなさそうな限り、「見ましたよ」と相手は言ってくれるかもしれません。
「こいつ、どうしょもないこと書いてるな」と思われた場合、ほとんどの人は、読んだことさえ言ってくれません。
そのことで、書いた自分は、書いたことによってほぼ永遠に「呪われる」のです。

いま、このことをこうして書いているということの意味を、察するべき人がいる、ということです。

あ。
それから、そんなわけで、不特定多数の方に向けて、匿名で「漫画家」を名乗っている人が、漫画家であるわけはないですよ。
「漫画家」は、良い評判だろうが悪評だろうが、自分の名を出して表現することを大前提で欲する種類の人です。
何にせよ自分の表現が人の元に届こうというチャンスの時に、匿名にしておくなどともったいないことをするようなことはしません。例え文章でも、こんな長文を匿名でアップなんてもったいなくて、ようできません。
それは少なくとも本論で定義した漫画家ではないです、100%。まあ人によって「漫画家」の定義はまちまちなので、自称しちゃえば「漫画家」というなら、誰でも「漫画家」なのですけどね。
「匿名」で「漫画家」という時点ですでに形容矛盾で、そこがもう一番のオモシロ恥ずかし爆笑ポイントなのですよ。


      6 漫画以外の「好きなこと」をひけらかしている

,漫画以外に、漫画と関係なく「夢中になれる」ものがあるなら、そちらに夢中になって、そしてその「趣味」を休日に楽しめる、そんな仕事を見つけて生きてゆくのが幸せなのではないでしょうか?


      7 「タダでもいいから載せて欲しい」と言ってしまう その発想は地獄の門の入り口 それを口にしてしまうことは仕事をする者として万死に値する

「タダでもいいから載せて欲しい」
実際に人の口から聞く言葉ですし、聞いたことがあります。

趣味でやるならば、タダで良いです。しかし趣味も、実際の所は、タダではなかなか済まず、お金を「払う」ことも多いと思うのですが。

仕事にしたいと思う、あるいは仕事にしているのなら、「タダでいいから載せて欲しい」などと、思っても言ってもいけません。そこに「見返りを求めるココロ」がないわけがないからです。

1円でもいいから、お金をもらわなければいけません。

他人から1円を払ってもらうことが、どれほど大変なことか、知らなければいけません。

「タダでもいいから」というココロには、
「お金のことを気にしすぎるのはよくない」
「自分はお金に執着しないところが美徳である」とでも言いたい気持ちが含まれているのでしょうか?

もし、貨幣経済というシステムが汚くて不正なものだと思うなら、今すぐ、人の社会から離れ、貨幣経済を離れて、完全な自給自足、もしくは物々交換のシステムを見いだし、頑張って生き延びて下さい。それで生きる人を、否定すべくもありません。むしろ尊敬に値します。

「タダ」とは、自分の仕事と自分のプライドの価値が、この世界で「0円」でございます、と自ら値を付けていることを意味します。
そんなものは、ゴミなので、タダでも欲しくありません。迷惑です。
「タダ」というココロには、「お金は要らないから自分を見いだして認めて欲しい」という浅ましさがあって、そんな浅ましいものをタダでもらってくれる聖人は、存在しません。そんなものは、とても高く付く「タダ」です。
そういう「タダ」のモノを、あわれみからでも一度でも受け取った日には、相手は味をしめて、そのあとも色々なモノを要求してくるようになります。

自分の漫画を媒体に載せて、多くの不特定多数に受け取ってもらうには、お金をもらわねばなりません。

あるいは、その逆はあり得ます。
見てもらうために自分がお金を払うなら、それも良いです。

「タダでもいいから載せて」「タダでいいから見て欲しい」
と言ってしまった人に、ならば、では、
「お前がお金を払うなら載せてやるが、どうか?」
「お前がお金を払うなら読んでやるが、どうか?」
と問えば、すぐに本性はわかります。
それでも読んで欲しいと思う人は、お金を払うとよいです。
「なんで金を払ってまで載せてもらわなきゃいけないんだ、ふざけるな」と思うなら、そこで本音は出ました。
お金をもらえるようにならなければいけません。

「タダより高いものはない」
よく言ったものです。

本論も、ブログで無料で閲覧出来るようになっていますから、気をつけて下さいね。
何か見返りを求めているのかも知れません。

「タダで受け取れる」という場所で受け取らされるモノは、同時に、受け取った側が、送り手の込めた「見いだして欲しい、評価して欲しい、認めて欲しい」という思いも受け取らねばならず、負担なのです。
あるいは、良くて、身に余る贈り物なのです。一般にそれを、良くて「光栄」、普通は「負担」と言います。
受け取った人は、負担なので、誰かにそれを渡したくなります。
あるいは、身に余る光栄だと思うので、誰かにも受け取ってもらいたくなります。それを「贈り物」と言います。

そうしたことを効率よく行うために生まれたシステムが、「お金」「貨幣経済」です。

「タダでいいから」と言ってしまう、あるいはすなわち「お金に振り回されたくない」と言ってしまう人は、「貨幣経済社会で生きて行く基本が、私、出来ていませ~ん、てへっ」と周りに表明しているのと同じことで、貨幣経済社会的にバカだと思われます。

お金のことを考えたくない、お金の面倒と離れていたい人は、食べて行くための商売ではなく、趣味的高尚を目指すとよいです。
絶対にお金のことを口にせずに。
そして、くれぐれも絶対にお金の悪口を言わず。

「タダでもいいから載せて」と言う前に、そのことを思いだし、せめて、
「お金なら払うから、載せて下さい」と言ってみるようにして下さい。すると、
「待てよ、そのお金をどこで手に入れればいいんだ?」と気付くはずです。
すると、お金を稼がねばなりません。
頑張って漫画以外のことでまずお金を稼いで下さい。
そうすれば、立派に、お金を稼いで生きて行くべき社会人の仲間入りです。

「タダでもいいから」「自分、お金に執着ないから」と、仕事にしたいことなのにその土俵で言ってしまっている時点で、貨幣経済社会においては、誰よりも自分がお金の呪いに捕われ、お金に執着している、恥ずかしいことを言っているのだと言うことです。


      8 プロですらないのに「自分がやりたいのはこのジャンルだけ」と言ってしまう

何かの作品ジャンルに拘泥する態度が、デビュー以前、プロになる以前に得になったパターンを見たことがありません。

こだわるとしたら、
「人間を描く」
ということだけにしておくと良いです。

「何のジャンルを描くか」は、ある程度こだわりがあっても良いです。
それは自分だってあります。

が、
「それだけしか描かない」という態度にまでなると、
「それだけしか描けない」という思い込みになりがちで、
「そのジャンルを描く自分を認めてくれないとは、どういうことですか」となり、
「そのジャンルにこだわっている自分を馬鹿にしないでください」となり、半永久的迷走を始めます。
そのうち、
「自分がなかなか漫画家になれないのは、自分がこだわっているこのジャンルが冷遇されているからなんだ、ちくしょう」というココロになります。

はい、さようなら。

そうした人のいう「こだわりのジャンル」は、漫画の世界で決して冷遇されていません。
むしろ、大ヒット作品が生まれているジャンルであることも多いです。

本当は、漫画家としての基本技術を身に付け、漫画としての面白さを備えている作品を描ければ、どのジャンルでも面白いものは描けるわけです。

ジャンルへのこだわりがあるなら、訓練をして、プロになったそののちに貫けば良いだけのことです。

未熟な段階での、特定ジャンルへのこだわりは、自分の漫画の基本技術が未熟なことを棚に上げて、自分がこだわっているジャンルが冷遇されているように考えるようにして、「だから自分は冷遇されているんだ」と考えるようにしやすい隠れミノになりがちです。

漫画家にはなれません。


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