一色登希彦/ブログ 

一色登希彦 ブログ / 三重県の小さな町に在住 現在は飲食店に従事 漫画描いてました

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「漫画家のなり方」23

第7章 漫画家に なりたい人 なる人 なれない人 ならない人

   その3 漫画家になれない人
 

そんなわけで、漫画家になれない人のぐったりパターンを列挙。
こんな人たちは、やはり自称“漫画家の卵”のまま、漫画家としては生まれないまま死んでしまいます。
ひとつひとつ、心当たりがあるかないか、検証してみて下さい。
自分で書き出して、自分で自己検証しても、ヘタすると「ヤバいな自分も・・・」と思うことばかりです。


      1 あいさつが出来ない 目を見て話が出来ない

周りの人に、初対面の人に、毎日合う人に、しっかり挨拶をしましょう。別にモーレツ会社の朝礼みたいに、迷惑な大声でココロのこもっていない挨拶をして欲しいわけではないです。



普通のトーンで、普通に挨拶できれば良いことです。仕事の始めに挨拶をし、仕事から帰る時に挨拶をし、仕事の指示を受ければ返事をし、指示を理解したか、さらにまだ説明をして欲しいのかを表明し、ありがとうの礼を言い、ごめんなさいの謝罪をし、そのように自分のいる場所を気持ちよく回して行くことが大切です。

同じく、相手の目を見て話をすることも大切です。これも、ギラついた目でガン見して欲しいわけではないです。むしろそれはやめといてください。

あいさつの温度は、自身または相手の気分の善し悪しで左右されないとよいです。元気でも落ち込んでいても、同じトーンのあいさつができると良いです。
人により、明るいトーン暗いトーンはありますが、それは個性です。

しばしばある、困ったパターンとして、たとえば作画アシスタントとして漫画家さんの元に働きにいったとして、雇い主の漫画家さんが、挨拶が出来なかったり、目を見て話せなかったり、不愉快オーラ出しまくり・・・ということがあります。
気分で左右されちゃう要素がデカイんでね・・・。

これはごめんなさい。
許してやって下さい。
そのことだけで、漫画家さんが素晴らしい漫画を描いているなら、見逃してやってください。
その責任はすべて漫画家さんに帰結しますから、放っておきましょう。

その仕事場、その漫画家さんと向き合っていて、どうにも気まずい・不愉快だ・ココロがすさむ、等々、良いことがあまりないなら、その漫画家さんのところを離れたってもちろん構いません。そうしたことも含めて、漫画家さんに帰結することなので、放っておいてあげましょう。

漫画家さんに、「挨拶、ちゃんとしましょうよっ」と、明るく教育して下さっても良いです。
でも責任は負いませんよ。どうなっても。


      2 知識の多さだけで自信をもってしまっている

知識の多さに、価値を見出し過ぎないようにしましょう。

何かをたくさん知っているだけ、をひけらかすのは、知らないことが恥ずかしい、と思うのと同じくらい恥ずかしいことです。

知識が、人格に染み渡り、才能となり、さらに他者に影響を与え、それで生活を続けることができる、という人は、あまり多くはいません。
そんなふうに、知識が人間の人格に深く寄与し、価値になりうるには、尋常ではない知識量や知識の鍛錬が必要です。

才能としての知識、というものは、時々、本当にあります。遭遇するとビックリします。

自分でも、数少ない何人かが思い当たります。
そうした種類の人。
「おたく」というコトバではないのだけど、本当は。
しかし、その本当の意味での「おたく」とは、そうした、才能としての知識が人格に染み渡っている人です。

本当の意味での「おたく」とは、たとえその瞬間は創り手でないとしても、創り手と同じくらいかそれ以上に、創られたものを見る、分析する目がある、そして創り手のレベルに簡単に届く技能がある人のことです。
「だったらお前がやってみろよ」と現役のプロに言われて、「あ、じゃあ、やります」と言って本当にやれてしまう、そういう人を「おたく」というのです。

漫画やアニメ好きの、ちょっと知識が肥大した、人とのやり取りが上手く出来ないべとべとした変な人は、別に「おたく」ではありません。
それは、ただの、「漫画やアニメ好きの、ちょっと知識が肥大した、人とのやり取りが上手く出来ないべとべとした変な人」です。

知識の量は言うに及ばず、知識の錬成とその活用で本当に生きて行ける人と、ただ、なんだか色々なことをよく知っている人、は、まったく違います。
自分をかえりみて、色々なことを知っている、と思う、またはそう人に言われるなら、気をつけるとよいです。

その知識が、どうあれ、それはしっかりと漫画を描くことにだけ、つながっていてください。
知識そのものをひけらかして、よいことはあまりありません。

より多くの知識を持っている人に出くわした時に、敗北してそれっきりになるだけのことです。


      3 批判することで自己形成してしまっている

お話を作ろうと思ってしまうくらいの強い自意識の人は、他人の作ったものへの批判力がひときわ冴えていても不思議ではありません。

そうした批判が、徐々に、批判のための批判、になっていってしまい、そうすることで自己形成をしてしまう、という人もいます。

批判すると満足します。
その満足感は、本来は、何かを作り上げて満足するべき「欠乏」を、一時的に補います。
口が達者になると、そのことが、何かを作ること、漫画を描くことをおろそかにさせてしまうのです。

新鮮な気持ちで何かを作ろうというのなら、批判で自己を形成することから離れるべきです。
次項の、「口数が多くなってしまう」、ということと通じるのですが。
そして前項の、「知識の多さで自信を持ってしまう」ということを受けているのですが。


      4 手数より口数が多くなっている

アシスタントに行ったりしてお会いすることになる目の前の漫画家さんは、もしかしたらよくしゃべるタイプの方かもしれません。

そうした人の、手数と口数のバランスは、わりかし微妙絶妙かもしれません。
しかし、いずれにせよ、それでもなお、プロ未満の自分たち自身よりも、間違いなく口数より手数が多いわけです。

口数が多くなると、脳が気持ち良くなります。そうなることで、自分が安心すると、次第に切迫して漫画を描かなくてもよくなってしまいます。
お口を閉じて、手を動かせば、自分がどれだけ未熟か、どこまで出来てるか、そして、何が出来ていないか、だいたいわかるはずです。

それがわかれば、ぺらぺらおしゃべりばかりしているわけにはいかない、と、思うはずです。


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