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一色登希彦 ブログ / 三重県の小さな町に在住 現在は飲食店に従事 漫画描いてました

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「漫画家のなり方」19

第5章 “漫画家”になるのか、“漫画を好き”でいるのか

   その1 漫画を好きでいるための みっつの方法 


漫画を好きですか?
僕は大好きです。しかし、僕よりももっと漫画が好きそうで、多くのことを知っている人がいて、驚きます。
漫画を好きな身として、自分の他にも漫画が好きな人が多いのは、嬉しいことです。
願わくは、そのような状況は長く続いて欲しい。
たくさんの人が、漫画を好きでいるために、どうあるのがよいのでしょうか?

いくつかの、「漫画好き」でいるあり方があります。


   その2 ひとつめの方法 読者でいること

「漫画好き」でいる方法の一番は、読者でいることです。
漫画が好きな人の多くは、漫画を読むことが好き、という人です。

漫画を買うお金があって、趣味として漫画を読むことが出来るのであれば、幸せ。

素晴らしいことです。
こうして、漫画を読む読者でいられるのであれば、こんにち、よほどのことがない限り、漫画を嫌いになって漫画を離れる、ということもないはずです。

主に年齢を重ねて、漫画にあまり興味がなくなって離れる、ということはあるかもしれませんが。それはそれで、健全なことです。

読者でいる、ということは、漫画を好きでいるための、とても有効な方法です。
読者として、漫画を好きでいることは、漫画との最も幸福な関係の筆頭です。


   その3 ふたつめの方法 趣味で漫画を描くこと

まれに、漫画が、実は人間の手によって描かれていることに気付いてしまい、自分でも漫画を描くことが出来るのではないかと考え始めてしまう人がいます。

たとえば、ひとクラスに、ひとりかふたりくらい。
藤本君と我孫子君のように。

漫画が、人間の手によってつくられている。このことに気付けるような種類の人です。
そうした種類の人にとって、漫画を自分の手で描いてみることは、それほど難しいことではないはずです。

そして、それは、しばらくの間、つまり飽きるまで趣味として続けている間は、とても魅力的な作業になります。

今、小学校や中学校や、そうした学校のクラスのたたずまいがどうなっているのか、よくわかりませんが、自分が、そしてもっと昔に藤本君や我孫子君がそうしていたように、漫画を描いて学校のみんな、クラスのみんなに見てもらうことは、この上なく楽しいことでした。
世界が一気に広がったように感じられました。

それが楽しければ、飽きるまで、好きなように続けているとよいです。
飽きれば、漫画を描くことを離れれば良いです。
また、漫画好きな漫画読者に戻るかもしれません。
漫画を描いていたことも忘れ、漫画もあまり読まなくなり、立派な社会人になるかもしれません。
時々、立派な社会人の方が、
「ああ、自分も昔、漫画描いたりしてた時があって、漫画家になりたいとか思ったりしたんですよね」
と言って下さいます。
そうした方が、今も読み手として漫画に関わっていてくださるのは、嬉しいことです。

さて、趣味で漫画を描くのが楽しい日々をせっかく過ごしていたのに、まれに、漫画を描いてプロとして生活している人がいるのだと気付いてしまい、自分でもプロの漫画を描く人、つまり漫画家になれるのではないかと考え始めてしまう人がいます。

漫画をクラスで描いている人の中で、さらに10人にひとりかふたりくらいの割合でしょうか?
藤本君と我孫子君のように。

道連れがいると、やめておいた方が無難な困難な道のはずなのに、勢いがついてしまって、大変そうですね。

そうなると、漫画好きの次の段階、
「漫画家になりたい人」に
なってしまいます。


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