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#24 「百聞」も「一見」もせねば/F1イタリアGP シューマッハのラストラン観戦記

 超ひさしぶりのコラムです。ちょっと遅い夏休みをいただき、イタリアに遊びに行って来ました。目的地は、北イタリア、モンツァサーキット、F1イタリアグランプリ(06年は9月8~10日の週末)の観戦です。読者様からリクエストも頂いたので、観戦記を簡単に書き連ねようと思います。

モンツァ 表彰式なんとかたどり着いた表彰式

モンツァ 記者会見あとから詳しい内容を聞いた記者会見


 イタリアグランプリの開催されるモンツァサーキットは、北イタリアの都市、ミラノのとても近くの、大きな公園の中にあります。
 僕にとって、イタリアグランプリの現地での観戦は、2回目になります。1回目は、数えてみて驚いたのですが、もう12年前になります。そう、1994年、アイルトン セナが5月に亡くなった年の9月に、モンツァに観戦に行ったのでした。
 その年は、ティレルヤマハの片山右京選手が、そのままセナの後を追って死んでしまうのではないかと思うくらいの速さを見せてくれていて、僕はそれをどうしても海外のサーキットで見たくて、ものすごい無理をしてイタリアに行ったのでした(お金無かった)。
 「これからもF1、そしてモータースポーツを好きでい続けるべきなのかどうか」、大げさに言うと、そんなテーマをもって出掛けていった記憶があります。
 片山右京は凄かった。レースでは残念ながらリタイアしてしまったのですが、見に行って良かった、と思えるレースでした。
 予選では、フェラーリのジャン アレジとゲルハルト ベルガーが1位2位を取り、ファンは大喜び、決勝はその頃のフェラーリお決まりの、ダラダラと順位を下げ・・・という展開だったと記憶します。
 勝ったの誰だったっけ?ウィリアムズかシューマッハだったかなあ・・と思います。調べれば分かるのですが、記憶としてはどうでも良かったんでしょう、きっと。
 ピット正面のグランドスタンドで観戦していて、レースが終わるなり海外のレース恒例の「観客サーキットなだれ込み」に参加し、大騒ぎのフェラーリファン(勝ってないじゃん!)に紛れ込んで表彰式を見ていました。
 海外の初レース観戦は、鮮烈でした。そして、僕は今も、モータースポーツファンでいます。

 今回、9月頃に何とか休みが取れそうだと分かった時に、真っ先に思い浮かんだのが、イタリアグランプリの観戦でした。
 今年、どうしても行きたいと思ったのです。予感は冴えていたと思います。シューマッハのイタリアグランプリは、もしかしたら最後になるかも知れないと思い、イタリアに行きたいと思ったのです。

 レースは、今回はホームストレートの終わり、最初のシケインの内側のスタンドで観戦しました(「バリアンテシケイン」と言うのかな?)。
 「そこで何かが見れるはず」というカンに頼って席を選びました。
 12年の間に便利になりました。今回はインターネットで直接チケットを買うことが出来ました。12年前は何と、手ぶらで出掛け、現地でチケットを買うという大冒険でした。ソールドアウトだったらどうするつもりだったのだろう?。
 果たして、ルノーのアロンソのエンジンブロー&リタイアを目の前で見ることになりました。周りにいたフェラーリファンはもちろん大喜びです。アロンソがスタートグリッド降格になっていたこととか、そういうことは後から知りました。レースって、現地で見るとそうした情報が手に入れにくくなるのです。

 このコラムは、イタリアからの日本への帰国の途中の飛行機の中で書き始めています。日本でシューマッハの引退がどのように報じられているかは現時点で全く分からないのですが、現地でレースの雰囲気に触れて来た身としての感想は、シューマッハの引退のニュースはまったくもって納得のいくものでした。
 今回もレースの直後に「サーキットなだれ込み」に加わり、遠目ですが表彰式も肉眼で見ることが出来ました。シューマッハの魅力のひとつは、勝ったときの喜び方にあると思うのですが、今回のレースの勝利での表彰台の喜び方は、今までの彼の感情表現の中でも指折りの喜びように見えました。
 あんな風に多くの人間に祝福され、それにふさわしい返礼の仕方を出来る人というのはそんなに多くはいないように思います。もちろん、それが出来るからあのような所に立てるのだろうと思うのですが。そういうことがしっかりできる人は、僕の好きな人で知っている限りでは、例えばモータースポーツではオートバイのバレンティーノ ロッシ、例えば音楽ではU2というバンド。
 今回のシューマッハの喜び方は感動的だった。あんなに多くの人に祝福され、その祝福にしっかりと返礼をし、いつまでもその祝福を味わっていようとするみたいに、ずいぶんと長い間、表彰台にいたように感じました。
 その後の記者会見は、サーキット上から、大きなモニタースクリーンを見上げて見ました。そんなわけで残念ながらその場ではインタビューの音声は聞き取れなかったのですが、表彰式から感じていたのは、シューマッハがとても「すっきりした顔」に見えた事でした。何と言うか、彼のデビューの頃のような、とても清々しい顔に見えました。ホテルに帰ってから見たニュースで、その長い記者会見でシューマッハが、今年限りの引退を表明した、と知りました。確かにビッグニュースだったのですが、あまり驚きませんでした。それ以前に既に、表彰式や記者会見でのシューマッハの顔の穏やかさに十分に驚いていたので。
 ここまでの文章を、帰りの飛行機の機内で書きました。

 そして、この先の文章を、帰国後に日本で書いています。
 一番最初に大きく口を開けてしまったのが、録画したフジテレビ地上波のF1中継を再生した時でした。普段はCS放送の今宮純/川井一仁両氏の現地解説版で見るのですが、モトGPも予約録画しなきゃとかそういった都合で、今回は地上波を録画していました。

 「テレビ」が好きではありません。どうしてかという話はものすごく長くなるので別の機会にしますが、僕は、原則、
 「テレビは表現でも言論でも報道でもない」
と思っています。
 そして(今のところ地上波に関しては)お金を払ってテレビを見ている訳でもないので、これまた原則的に地上波番組に文句を言うべき筋合いはありませんが、それを踏まえて、書きます。

 番組冒頭からの、「これから始まるドラマを観るにあたって」の過剰な演出、そして番組中も「シューマッハの進退をかけたレース!」としてあらかじめ用意したドラマの筋書きを無理矢理なぞろうとする演出は、あまりに視聴者を低く見すぎていますよ。

 「お金をもらって、ものがたりを提供している」立場から、二律背反ギリギリの意見を述べますと、物語は送り手から提供されるものですが、ドラマは「質の良い物語」があれば送り手と受け手の間に自然に発生するもの、あるいは受け手の中に発生することを期待すべきもの、です。
 ドラマまで押し付けてはならない。
 本当は、物語さえもその提供の仕方には十分な気配りが必要なのだとは思います。
 この話も簡単ではないので、機会があればまた。

 F1地上波放送は総体として、「演出家によって予定されたひとつの結末と感動」に向けて、ものすごく「わかりやすく」くくり直されていました。
 あのような演出をされなくてもシューマッハの進退はちゃんと気になるし、チャンピオン争いのポイントランキングの現状を説明してもらえば、それだけでハラハラしながらレースを見始める能力くらいは、我々は持っています(持っていた、と言っておくべきか)。

 「わかりやすさ」には気をつけた方が良い、と思いました。
 「わかりやすい」語りは、「わかりやすい」結末と感動が用意されていてそれを味わう事が出来ます。反面、用意されたもの以外のドラマ、異なるものの見方、多数ではないかもしれないけれど意味があるかもしれない見解、そうしたものをごっそりと打ち捨てます。

 確かに、現地でレースを見ていると、アロンソが無茶苦茶なペナルティーを受けてスタート順を降格させられたことなど知らなかったり、レース後に車を降りたシューマッハが、チームメイトとどのような表情で喜びを分かち合ったかは見る事が出来ないでいたりします。
 それとは逆に、サーキットのグランドスタンドのあるストレートの路上に立って、サーキットビジョンでシューマッハの記者会見を見ていて、声は聞き取れないけれど、その表情の穏やかさに驚き、想像力を膨らませることは、雑なドラマ仕立てに括られたテレビ放送では叶わないことです。

 現地で観戦した事をエラぶるつもりではないですし、どんな事でも現場で見聞きしなければ本当の事はわからない、という極論に走るつもりもありません。
 ただ、現地で見聞きしたつもりのことと、遠く日本においての伝えられ方の落差が、わかっていたつもりなのにあまりにも大きくて、ビックリしてしまった次第です。

 「百聞は一見にしかず」という言葉をあえて言い換えるなら、きっと現代においては、「百聞」は「一見」と同じくらいに大切なことだと思います。「百聞」し、そして「一見」したこととの両方の落差や整合性を検証し、「まっとう」に出来るだけ近い現実把握をしてゆかないと、簡単に現実から致命的に外れたところにたってしまう、あるいは何かを画策する者の「物語」に簡単に絡めとられてしまうことになります。
 
 で、我々は、今に至り、
 「百聞」させられ過ぎている一方で、「一見」する意思も機会も失い過ぎてしまっている。
 帰国して、一番に感じたのはそういったことです。

 自分がお金をもらって携わっている仕事は、こうした自分の言葉がそのまま自分に突き刺さるような仕事であるように思います。
 ますます、「ものがたる」ことは、慎重に、しかし力強く続けなければならない世界になっているように感じます。

 自分の発する「物語」が、すみっこで良いから質の良さを持つ側に属してくれるものであることを強く願います。
 
 地上波テレビ放送を演出する方々が、視聴者を低く見ているのは確たる証拠があります。同じF1のレース、お金を払って視聴するCS衛星放送の番組は、はるかに意思と知性があふれていますもの。出来に対する賛否はあるにしても、視聴者を低く見る姿勢はそこにはありません。
 タダより高いモノはない。お金を貰いも払いもしていないものと、大切な事のやり取りが出来ていると勘違いしていると、大変な事になります。
 
 
 シューマッハに関しては、去年も一昨年も「引退説」はことあるごとに出ていました。それまでは僕はそんな引退説が出るたびに「いやー、まだ辞めたりしないと思うなー」という意見でした。
 今年は、シーズン中盤から、少し違う考えになっていました。僕は、現状のドライバー個人の力量として、シューマッハよりもすでにアロンソの方が上回っているのではないかと思っています。
 チームプレイとしてF1を考えるときに、「フェラーリのシューマッハ」と、「ルノーのアロンソ」が、かろうじて拮抗しているように感じます。
 イタリアの前戦、トルコグランプリでの後半、シューマッハが目の前を走るアロンソを最後まで追い抜く事が出来なかった時、それが確信に近くなりました。「追い抜けなかった理由」は結果論でいくらでもあげる事が出来ると思う。けれど、「以前のシューマッハ」だったら、それを何とかした。それがシューマッハのシューマッハたる所以だったと思うのです。

 僕はトルコのレースを見終えて、引退云々以前にちょっと心配になったことがありました。12年の昔に、ちょうど同じようにシューマッハに勝てなくなりかけていたアイルトン セナが、そのために行き場所をなくすようにフッと姿を消してしまった(僕にはそう思えた)ことがありました。
 僕は、シューマッハに、同じ事が起きやしないか、と考えてしまったのです。
 なので、引退の声明を聞いて、少し安心した、という気持ちがあります。シューマッハには、どうかこのまま無事にF1を去って行ってもらいたいです。彼には、F1レーサーでなくなっても、幸福な居場所も、やるべきこともあるだろうと思うのです。
 同じ事は、オートバイのバレンティーノ ロッシにも最近何度か感じた事があります。
 どうか皆、無事にレースを引退(あるいは続行)してくれますよう。
 シューマッハのレースを観る事ができるのはあと3戦のはずです。その1戦は鈴鹿サーキット。どうやら最後の鈴鹿のF1になりそうなので、しっかり目に焼き付けてきたいと思っています。

 ルノーのアロンソが受けたペナルティー等々に関して。全く不当であきれるべきペナルティーだと思います。アロンソやチームがF1の世界にガックリ来るのもよくわかります。
 でも多分、アロンソは「フォーミュラ1のワールドチャンピオン」でありたいなら、こうした事どもをすべて飲み込んでなお、情熱を失う事なく、チャンピオンを獲得しなければいけない。
 どうしてかと言えば、シューマッハは(それ以前のチャンピオンも)それをやってきたのだから。終わりにまた12年前を振り返る事になるけれど、彼が最初にチャンピオンになろうとする時の、オーガナイザー達の叩きっぷりは目に余った。
 そうした人々が、いかに尊厳に欠いた事をやっているかという事と、「だからそんな舞台でチャンピオンを獲る事は無意味で、もはやスポーツではない」と言い切ってしまうことは、別の次元の話なのです、きっと。当事者にはものすごく理不尽なことだけれど。
 けれど、その理不尽を乗り越えて、「勝てる」人であるからこそ、シューマッハ(やその他の多くのチャンピオン)はここまで多くの人の尊敬を集める人であるのだと思います。
 アロンソがこの先身につけるべきことがあるとしたら、そういう事だと思う。

 
 あ、イタリア、ゴハン美味しかったです。その意味においてだけでもイタリア大好き。

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漫画家のなり方
継続中。長い長い。「第0章」よりどうぞ。下に目次一覧もあります。

  

「漫画家のなり方」
  目次一覧

第0章 はじめに

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/その2 もうひとつの 本論の執筆動機



第1章 漫画雑誌の終焉

/その1 漫画雑誌はもう・・・


/その2 なぜ雑誌をなくせないのか

/その3 漫画雑誌が果たしていた役割
//1 雑誌で必ず毎回新作漫画が読めた
//2 漫画の週刊生産は困難なのか?

//3 漫画家に締め切りを与えることができた
//4 編集者自身が果たしていた役割
//5 デザインや製版 もろもろの作業のコストと労力を雑誌が負ってくれていた
//6 作画アシスタントの紹介をしてもらえた

/その4 漫画に必要な様々なことをどのように確保するのか


第2章 「紙の雑誌に代わるもの」の可能性

/その1 「インターネット」「ウェブ」というシステムについて

/その2 既存の大企業がうまくいっていないようにみえること

/その3 インターネットは個人のメディア そして漫画も



第3章 制作費や原稿料や著作権や契約書のこと

/その1 原稿料は 漫画の制作費なのか?
//1 制作にかかるお金
//2 原稿料とは? その他必要なお金のことも
//3 誰も 「原稿料だけではやっていけない」と教えてくれなかった
//4 「二次使用」で得られる(かもしれない)お金


/その2 漫画の制作費は どこがどのように出すのか?

/その3 「契約書」には しっかりと目を通して下さい

/その4 著作権の知識を身につけましょう

/その5 ならば漫画はもう分業でもよいか?


第4章 再度 本論執筆にあたり

/その1 「無駄に過ぎ去る日々」と「なんとか積み重なる日々」の違いについて

/その2 漫画家になりたいのに、なれない人が多すぎる
//1 なにかが間違っているのではないか?
//2 余裕あんなぁ みんな/「才能神話」に飛び蹴りを


/その3 「姿勢」について 技術論以外のすべてのこと

/その4 キミには才能はある! あとはモノを考えるだけ

/その5 漫画家になりたいと思う前提として


第5章 “漫画家”になるのか、“漫画を好き”でいるのか

/その1 漫画を好きでいるための みっつの方法

/その2 ひとつめの方法 読者でいること

/その3 ふたつめの方法 趣味で漫画を描くこと


/その4 漫画家の定義

/その5 みっつめの方法 漫画家になる とりあえずおすすめできません

/その6 それでも“漫画家になりたい”と思ってしまった人へ



第6章 技術論としてのおすすめ文献 10プラス1
/1 「マンガの創り方 誰も教えなかったプロのストーリーづくり」
/2 「石ノ森章太郎のマンガ家入門」
/3 「快描教室 マンガの悩みを一刀両断!!」ほか 菅野 博士(菅野 博之)さんの漫画技術関係の著作
/4 「ベストセラー小説の書き方」
/5 「書きたい!書けない!なぜだろう? 」(夢を語る技術シリーズ)
/6「ファンタジーの文法 物語創作法入門」 (ちくま文庫) 著者/ジャンニ・ロダーリ 窪田 富男(訳)
/7 「映像の原則 ビギナーからプロまでのコンテ主義」(キネ旬ムック) (単行本)
/8 宮崎駿さんの絵コンテ
/9 「新インナーゲーム 心で勝つ!集中の科学」
/10 本論「漫画家のなり方」
/11 あらゆる長編ストーリー漫画単行本の第1巻と長編ストーリー漫画作家の読み切り漫画の短編集
/12 文献を読んでいただくにあたって


第7章 漫画家に なりたい人 なる人 なれない人 ならない人

/その1 なりたい人

/その2 「本当に苦しい」段階を経て、「なる人」になります


/その3 漫画家になれない人
//1 あいさつが出来ない 目を見て話が出来ない
//2 知識の多さだけで自信をもってしまっている
//3 批判することで自己形成してしまっている
//4 手数より口数が多くなっている

//5 ブログで、好き勝手に「ネガ」をひけらかしている
//6 漫画以外の「好きなこと」をひけらかしている
//7 「タダでもいいから載せて欲しい」と言ってしまう その発想は地獄の門の入り口 それを口にしてしまうことは仕事をする者として万死に値する
//8 プロですらないのに「自分がやりたいのはこのジャンルだけ」と言ってしまう


~インターミッション~
/著作権の文献 ご紹介


//9 明日もやはり描かない
//10 こんなに描いたのになぜダメなんだ、と言ってしまう
//11 例えば、絵がうまい 絵がうまいだけ
//12 昨日/先月/去年を思い返してみて、何にも変わっていない

//13 何にも変わっていないことを、自分以外の何かのせいにしてしまう
//14 感情をあらわにしすぎる
//15 やせ我慢が出来ない
//16 「こんなこと、漫画家になれるかどうかとは関係ないでしょ!?」と思ってしまう 口にしてしまう
//17 「わかってるよ そんなこと」と思ってしまう 口にしてしまう
//18 “載らないと死んでしまう、読んでもらえないと生きてゆけない” というわけではない人


/その4 ならない人

/その5 年齢について


第8章 最初の漫画 最初の1作を描いてみる

/その1 とにかく描き上げる

/その2 嵐のように襲い来る、万能感と無力感

/その3 恐怖 「描き上げたくない病」


/その4 誰も言っていないのに、勝手にダメだとか言わない

/その5 完成 おめでとう!

/その6 ホントにその第1作目の漫画は、素晴らしい。ステキです。

/その7 他人に見せる 出版社、漫画雑誌編集部に持ってゆく


/その8 編集者のどんな対応にもビックリしない

/その9 そのまま雑誌に載る場合

/その10 何作か描いて、雑誌に載る場合


/その11 付記 「ネーム」とは?


第9章 最初に雑誌に載るまで

/その1 編集者とのやり取りが再度始まる

/その2 自分の中の「よいイメージ」を絶対に守り通す

/その3 よい打ち合わせとは?

/その4 打ち合わせを何となく持ち帰らない

/その5 直せと言われたら、その場ででも直すつもりで


/その6 編集者とのやりとり しっかりね

/その7 感情を荒げる利点は少ない

/その8 転んだ時にタダで起き上がっていては 死にます

/その9 ここでも嵐のように襲い来る、万能感と無力感

/その10 雑誌に掲載されていることをイメージする

/その11 ここでも、とにかく描き上げる


/その12 最初に雑誌に載る、いくつかのパターン そのことにどうしても言及したい いくつかも含めて

インターミッション 2
/デジタルとコンピュータのこと おすすめの本


インターミッション 3
/良い本が どんどん在庫切れや絶版だ 絶句



第10章 雑誌に1本載った ここから先に進む時の覚悟

/その1 まだ、本論の定義での「プロ」ではありません

/その2 ブログ 連絡手段の必須として


/その3 喜んで席を譲る連載作家はいません サバイバルだぜ

/その4 速く たくさん 描くことでしか手に入らないことがある

/その5 描きたいペース 描きたいスタイル


/その6 プロになって そののち10年後もプロでありたいかどうか

/その7 死守するものを定める


/その8 雑誌の枠内やジャンルの枠内で作風をつくってしまう危険について


第11章 プロになりたいと思う かどうか

/その1 自分の「名」で「生き死に」をしようと思うかどうか

/その2 「エンターテインメント」の、日本語訳 わかりますか?


/その3 読み手のために漫画に仕えることと それが自分のためであることの一致

/その4 不安なのは、みな、同じです


~インターミッション 4~

/その5 アシスタントについて またはプロ以前の時代について

/その6 “漫画家のアシスタント”は “不本意”だが“みじめ”ではない


/その7 付記 漫画家がアシスタントに手伝ってもらうということ


第12章 アシスタントの日々になすべきことについて

/その1 生きてその仕事場を出る


/その2 ものを考えましょう 人に自分を委ねてはならない

~インターミッション5 おすすめ文献 さらに~
/一冊目 「人体のしくみ」
/二冊目 「ブックデザイン」
/三冊目 「デザインの自然学」


/その3 いちど自分のいままでのスタイルがすべて崩れます ビックリしないように

/その4 モノとお金以外のすべてを盗む

/その5 漫画家さんの振る舞いの全ては参考になる とにかく学ぶ

/その6 他者の作品制作に全霊で仕え、力は使い切り、しかし疲れずに帰る

/その7 漫画/漫画雑誌をたくさん読む 好き嫌いや批判を脇において

/その8 仕事場で我を出さない 感情で仕事場の空気を揺らさない その仕事場の空気はタダじゃねえぞ

/その9 自分の不満の表明のためにふてくされてはならない

/その10 人の漫画の手伝いをして、漫画を描いた気にならないようにする

/その11 仕事の合間は「お休み」ではないです 漫画を描く 描く準備をする

/その12 月に2本以上ネームを描いてください

/その13 漫画家は、ホームを通過する特急電車 アシスタントはホームに立つ人

/その14「引き出しを増やす」のウソ 脳の「インプット」と「アウトプット」について

/その15 代案を出せて初めて「批判」と言える

/その16 否定の言葉でしゃべらない タメ息などつかない しゃべりすぎて気持ちよくなっちゃったらいけない

/その17 自分を大きく見せてもしかたない(尊大さのワナに気をつける)

/その18 自己卑下のワナに気をつける(小さく見せてもしかたない)

/その19 編集者/雑誌/読み手をバカにした時点で、バカは自分です

/その20 テレビが「表現媒体」ではなく「広告」であることについて

/その21 幸せそうな人を 「幸せそうでいいよね」と思う想像力の欠如と決別する

/その22 死なない程度に、たくさん恥をかき、傷付いていい

/その23 アシスタント時代に太ったりやせたり眠れなくなったり腰痛になったり 心や体を悪くしている場合ではないです

/その24 目くそ鼻くそ同士でギスギスしない

/その25 アシスタント仲間をライバルにしない 仮想敵は少し高めに設定する

/その26 アシスタント仲間を戦友にする 孤立してはならない

/その27 「プロのアシスタント」について

/その28 漫画家の重力 人の仕事場の引力

/その29 漫画家の寝首を掻く(ホントに殺しちゃダメだよ)

/その30 いま 「どうぞ連載を」と言われたら 自分自身のようなスタッフに手伝ってもらって 月に1本 週に1本 漫画原稿を仕上げられますか?

/その31 いま描いている漫画やネームは そのまま雑誌に載って 他の作品と渡り合えますか?

/その32 少し余談 今だからこう書ける 許してあげて欲しい「漫画家の挙動不審」あれこれ

/その33 仕事場を辞めること あ、それから、お金ありますか?


第13章 絶対に漫画家になれる「漫画家のなり方」教えちゃいます


番外編 印刷会社さんに「社会科見学」(また長文です)

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