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一色登希彦 ブログ / 三重県の小さな町に在住 現在は飲食店に従事 漫画描いてました

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「iPadに自著(漫画)を入れて電子書籍化/i文庫HDで閲覧」動画アップ&考察

タイトル通りの動画をアップしました。



iPadで自分の所有する本(あるいは自著)を読めるようにするのは、それほど難しいことではありません。
むしろ、この感覚は今この瞬間、楽しくもあります。

考察少々。


現状、自分が自著を電子書籍としてアップしている「漫画onWeb」ではiPadでの閲覧が出来ないので(近日対応予定だそうですが)、「iPadで自分の漫画を読む感覚」を体験しておきたくて、その為の実験の意味もあって行いました。

iPadに入れるプロセスに関しては、動画でご覧いただける通りです。カンタン。

動画中で「1話で5メガくらい」と申していますが、どれくらいの画質かは、漫画onWebでの画質と同等ですので、よろしければご覧ください。1話と2話、無料で読んでいただけます(宣伝)。


「漫画を読む」ということにおいて、解像度、読み方等々は例えばこの「i文庫HD」の仕様で、すでに一定の必要を満たしているように感じました。
それは「漫画onWeb」でも同様だと思います。単純に「漫画onWeb」がiPadでのウェブブラウジングに対応してくれれば、ビュワー性能に関しては当面は充分です。

もちろん動画でお見せした「i文庫HD」化は、個人が自己所有の本(あるいは自著)を著作権法の範囲内で電子書籍化して楽しむ用途に限られます(他人の著作をスキャンしたデータ等を売り買いしてはいけません。もちろん)
iTunesで音楽を「買う」ようには、ビジネスとしての「作品」の販売、購入には対応していません。

その「ビジネスとしての電子書籍」を、各社各所各者が、現在試み始めている、ということでしょうし、ほどなく様々な形で「電子書籍を売る/買う」というビジネスが立ち上がってくるはずです(もちろん既に沢山出てきていますが、本格的に展開されるのはこれからでしょう)

以下は、iPadに「本」を「入れ」て、思ったことです。

その時に、皆さんはやはり「本のデータ」がiPad内に「存在」していると良いですか?(iTunesでの曲のデータがiPod内に入っているように)
理論的には、ウェブサーバー上クラウド上(で良いのかな?)のデータへのアクセス権と、太く確実な常時ウェブアクセス環境さえあれば、手許の端末に「データ」を格納している必要はないわけです。
(「漫画onWeb」の「閲覧権利」を購入する、という考え方がそれです)

しかし一方、たとえデータで手持ちの機械的メモリが「重く」なったとしても、「電子書籍を買う」という行為は、今のところまだしばらくは「データをダウンロードして手許に持つ」という感覚と切り離せないのではないか、とも、感じました。

それは自分で実際に試してみて、iPad内のメモリに、そして「i文庫HD」にデータが入ってゆく感じが、「本をiPadに格納した感じ」とイコールで、そこに嬉しさを伴う感覚もあったからなのでしょう。

たしかに、iPadが電波の通らない場所にあるとき、ウェブ上へのアクセスが出来ずに「自分の本」を開けない感じになる、ということを想像すると、クラウドへの閲覧権を以て「自分の本を所有している」と思うには、(今この瞬間はまだ)多くの人は心理的に抵抗感があるだろうことは想像できます。

その抵抗感と、「手持ちの限られたメモリが重くなってもデータで手許に持つことが電子書籍としての本の所有感である」という感覚の、今、端境期であるように思います。

クラウドへの不安感と、手持ちのメモリが重くなっていくことへの心理的実際的圧迫感、の端境期。

ウェブアクセスが、太く、常態的になるほどに、「プライベートなデータもクラウドへ」というベクトルは加速していくのだろうとは思います。
だからこそ、「AppleのiTunesがクラウド化か?」という観測や議論も出てくるのだと思います。

皆さんは、iTunesの「自分の曲」のデータが、手持ちのマシンのメモリから幽体離脱(?)し、ウェブ上クラウド上に居場所を替えるよ、と言われたら、どう感じ、どう思いますか? 

そういうことです。

いましばらくの間は、電子書籍は「メモリ的重さのあるデータ」を買う、という満足感と完全には切り離せないように思います。

けれどほどなく、きっと皆さんのiTunesも「何ギガ」みたいなことになっている方もいると思いますが、「電子書籍を何百冊と所有するのは、何十ギガもの負担になる、重いぞ」ということがわかった時、データをダウンロード購入する感じがそれでも「嬉しい」かどうか・・・? ということでしょうか?

紙の本への思いが人それぞれであるように、それもまた、違いますかね?
「紙の本を何百冊何万冊も持つのは、もう物理的精神的に重い!」という人もいれば、
「その重さが、本の良い所、そして所有欲を満たすのだ」と考える人もいるように。

社会的な「所有」に対する「了解」や「空気」も関係がありますかね?
クルマを持ちたいと思うか、もうレンタカーで良いのだ、と思うか、というふうに。


「まだ手許にデータで持ってるの? 古いね」という社会的空気に、なるのでしょうか?


また枝葉多く書いてしまいました。
意見としての自分の立場は、これに関しては無い、もしくは曖昧、もしくはカラダを馴染ませ中、というところですかね。


しかし、「電子書籍ビジネス」を主宰する、という立場の人は、「馴染ませ中」では済まないと思います。

電子書籍はここから直近そしてまた長期的に、、

「閲覧権の販売」が良いか?

「データのダウンロード販売」が良いか?

この辺、とても考えどころかも、という雑感でした。

| ウェブコミックもろもろ | 15:47 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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