一色登希彦/ブログ 

一色登希彦 ブログ / 三重県の小さな町に在住 現在は飲食店に従事 漫画描いてました

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#38 年頭に/物語を描き続けることの抱負 

 皆様、新年あけましておめでとうございます。

 年末年始の新聞やらを見ていて、世の大変さに目を丸くするばかりでした。
 色々なことが「雇用」や「貧困」の問題として取り上げられていました。

 例えば、

 「年収200万円にも満たない労働者層の困難」とか、
「いつ解雇されるかわからない不安にさいなまれて」といったことが。

 あ、そういえば、連載完了の拙版「日本沈没」に寄せて、多くの感想をいただき、ありがとうございました。

 つながるかなあ?上の話・・・



 丁寧な感想を、本当にありがとうございました。

 作中の言葉に寄ってしまいますが、執筆の数年を経て、現実の日本は
願いとは裏腹に、確実に良くない国になってしまいました。

 そうしたことの「失望感」とともに、
自分でも確信的に、悪態をつき、眉間にしわを寄せ、
「放っておいてくれい!」みたいな態度をずんずんと
盛り込み、押し通していったストーリーでした。
 
 ですので、拙版「日本沈没」を、しっかり読んで下さっただけでなく、
さらに大変あたたかい感想を多々いただけたことには、
少しばかりの驚きがありました。

 なぜ「これ」を、「こんなふうに」描いたかさえも、
わざわざ説明するまでもなく、読者さまにきちんと伝わっているのだと
ようやく気付いたのでした。

 愚かだったことがあるとしたら、自分の(作品の)力を
自分自身が把握し、理解していなかった点だと、
今になって気付いたことです。


 大晦日にあたる昨日、縁あってお誘いをいただき、
オートバイのオフロード耐久レースに参加して日中を過ごしていました。
 アマチェアライダーの草レース、ですが、160台オーバーの
参加があって(すみません言いますよ、大晦日なのにアホですわ皆さん)、
運動会のような大にぎわいでした。
 楽しかった!
 
 この1年の終わりの1日を、筋肉痛になるほど体を使って、
好きなこと、楽しいことをして過ごせたのは幸せでした。


 そして、でも、新年の新聞は言います。
「年収200万円にも満たない労働者層の困難」を。

 自分は、いや多分漫画の仕事を人に手伝ってもらって続けている
人の多くはそうであるはずですが、スタッフさんひとりに
お支払い出来ている報酬は、まさに上記の
「年収200万円にも満たない」ような額、です。
そして、これまた、お願いしている労働時間/労働環境は、
労働基準法的観点で見ると、違法行為と言われかねない状況です。

 これは、印税収入を別に考えれば、およそどのような立場の
漫画家さんでも、似たような状況だと、独断で、しかし論拠アリで
表明しておきます。

 待遇面においてスタッフにあるいは世論に
「人間らしい扱いを」と言われてしまったら、
職業/産業としての漫画/漫画家は、破綻します。
それは間違いありません。

 原稿料だけでスタッフさんの人件費をまかない、
執筆を続けていくためには、ギリギリの状況です。
 実際、上に記したように、決して多くない報酬/月給でも、
スタッフさんに報酬を払った後に自分に渡せる報酬の方が
さらにそれより少ない、ということも多々あります。
 ビックリしましたよ最初。
「何か根本的な計算間違いをしているのではないか???」とか、
色々計算し直したりしちゃったもの。
 よく言われる、「単行本が大ヒットして、多額の印税」は別の話だし、
それを連載作家の標準的な姿としてイメージに据えたまま
この業界(使うに憚る、この単語)がいてしまう、
あるいは業界内にいる人間さえも、
「連載作家は金銭的に困ってはいない」と
思っている節もあるのは、さすがにこんにち、どうかと思う。
 もしも金銭的な満足が漫画家の目標ならば、それは
あまりこの仕事では報われないと思います。
 逆も真で、「単行本が大ヒットして、多額の印税」に与れた
漫画家さんも、例えばお金に困らずその後の人生を過ごしたいだけなら、
この瞬間にリタイアすれば、それはかなうはずです。
 でもそういう作家さん(思いつく、「有名な」作家さんでいいです)も、
描き続けているでしょ?

 漫画を描くことを仕事として継続して行くためには、
漫画を描くことそのものの才能や努力の他に、そのギリギリの
経営を維持して行く(商売としては当たり前なのですが)
センスや覚悟が必要なのです。
 そうしたセンスや覚悟も含めて、仕事として漫画を描く力、と
言うのだろうけど。
 口幅ったいだけですが。

 新聞/テレビの言う「年収200万にも満たない」生活は、
必ずしも希望的でないことと直結しているとは思いません。
 それだけの年収があれば、今日も明日も、餓死することなしに、
好きな漫画を描いて漫画家になることを夢見て行けるのだから。
 

 他の業種、他の立場の人が、どのような事情で、何を幸せの
必須としているかは分かりません。

 でも「年収が少ない」「いつ解雇されるかわからない」ことと、
「だから世の中は良くない」ことを、直結して考えてしまいやすい
空気が広がってゆくのが感じられて、僕は、そのことの方が
うすら寒い。

 「お金がもらえる仕事」が、タダではじめから道に転がっている世界は
どこにもないはずで、どうしても僕は、
「仕事をしたいのに仕事がない」という言葉に乗っかることが出来ない。

 だって、正確に申し上げれば僕は今、「失職中」です。

 あるのはただ、縁ある出版社の方が、
「面白いネーム(漫画の下書きみたいなもの)を持ってきてくれれば、
次回のウチのこの雑誌に、それを掲載する枠を仮に押さえてあります」と言って下さっている、ということだけです。

 それに見合うものを期日までに描ききれなければ、ほどなく
餓死/衰弱死するだけ、です。

 「仕事をしたいのに仕事がない」って、ウソじゃないか?
さっき駅から歩いてきて、たくさん「求人」の張り出し広告、見てきたよ。
 そういうものを、片端からあたりまくればいいのではないか?

 本当の問題は、別の所にあるのではないか?

 「年収200万である」から「貧困」で、それは「不幸」である。
というイデオロギーは、「拝金主義はもうやめよう」と言っておきながら
「金さえあれば不幸でなくなる/幸せである」という妄想を抱えたまま
なのではないか?
 「スピードの出し過ぎ」で「事故が起きる」から、スピードが「悪」である。
という論理と変わらない。
 交通事故の原因に、「スピードの出し過ぎ」はありません。
原因は、止まれないスピードを出してしまった人間の無思慮です。

 「不幸」を「貧困」に置き換えて、それを克服しないと
幸せじゃないって、まだ思ってる(思わされてる)でしょ?

 僕は、お金がなくても、漫画家を夢見ていた日々は幸せだったし、
漫画で生活できるようになったらさらに幸せだなあと思える日々が
広がっていました。
 自分が幸せでなくなるとしたら、それは貧困のせいでも、
機会の少ない世界のせいでもないです。
 

 さて、漫画という表現もそのくくりに含まれる、「物語」。

 世がどうしようもないことになっている時にこそ、
たくさんの、(できれば上質な)物語が綴られるべきです。

 「貧困」や「格差」も、実はホントは「不幸」にまあ概ね
含まれるわけですが、そうしたことを肚に落とし、
飲み込み噛みくだき、楽しく大晦日を迎え、
新年を迎え過ごせるかどうかは、
「良い物語」を各々がその体の中にどれだけ蓄え備えているかどうかに
依るのだと思う。

 「こんな世の中」なのだとしたら、今、なおいっそう、
物語をつくることは、重要なことであるし、
その、物語を作りそして語る機会に浴せるのであれば、
貧乏だろうとそしてもしかしたら不幸であろうとなんだろうと、
その行為に殉じることができるのならば、すべてをよしとすればよい、と
思うのです。

 「こんな世の中」であるこの新年に、
ストーリーテリングの仕事をもって名乗り、
多くの知人そして多くの見知らぬ人と関わっていたいと望めるのは、
それだけで良かったと思えます。

 「肯定に至る物語」を綴ることを続けようと思います。

 東京は暖かい元旦でした。

 本年もよろしくお願いいたします。

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