一色登希彦/ブログ 

一色登希彦 ブログ / 三重県の小さな町に在住 現在は飲食店に従事 漫画描いてました

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2009年末、雑感

おうちの中を色々と整理していて、それから本棚を少しだけ増設したりしまして、珍しく雑誌をこのように棚にキレイに並べて、少し感慨にふけりました。

本棚

本って、大切に扱ってあげなければ「力」が備わらないのだなと思いました。

このところ、特に漫画を描くことが仕事になってからとりわけ、雑誌を大切に棚に差すことをしなくなっていたことに気付きました。
ちょっと反省。

10代の頃、僕は「週刊少年サンデー」が大好きでした。
細野不二彦、六田登、新谷かおる、村上もとか、池上遼一、原秀則、あだち充、高橋留美子、上條淳士・・・
あげればキリがないくらいに、好きな漫画家さんと好きな漫画が満載でした。



毎週買う「サンデー」は、大切に本棚に差していました。
本棚に、年に52冊並び、それが数年分。
10代の数年間だから、かさばるといっても知れています。
大事に、何度も何度も読み返していました。

今はきっと、権勢を誇るのは「ジャンプ」かも知れませんが、漫画を好きな10代の読者さんは、あのころの僕と同じように、「週刊少年ジャンプ」を大切に本棚に差して、何度も何度も読み返しているのだろうか?

そうだといいなと思います。

雑誌を少々大切に扱わなくなってしまったのが、自分だけの個人的な事柄だといいなと思います。

いっぽうで、望むと望まざるとに関わらず、09/10年は、漫画/本/出版にとって、引き返せない転換点になります。

つい先日の12月25日、クリスマスの日、アメリカのAmazonでの書籍売り上げにおいて、初めて、「電子書籍」の売り上げが「紙の書籍」を上回った、というニュースがありました。
その売り上げ曲線が過去の状態に戻ることはないでしょう。
僕はずいぶん驚いたのですが、ニュースとしての扱いは、日本では小さかったですね。
出版/流通事情が特殊と言われている日本では、今後どうなるでしょうか?

だからといって、紙の雑誌や紙の単行本がすぐに無くなるわけではありません。
そして僕だって、紙の本が好きです。
漫画の理想の最終形は、いまのところ「紙の単行本」だと思います。

プリウスやインサイトばかりが売れるといっても、他の自動車も、まあ、まだ生産されて、まだ売られてはいます。

みんながiPodで音楽を聴いていても、「コンパクトディスク」もまだ存在して、まだ売られてはいます。

けれど確実に、「違う時代」に踏み込んでいます。

1年半前に「ヤングサンデー」休刊に寄せたエントリーで僕は、次のように書きました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 アップルの「iPod」は、「音楽の聴き方」を変えてしまった。

(中略)

 もちろんかつては「ウォークマン」が、「音楽を聞く道具」の代名詞だった。
「ウォークマン」は、その当時の「音楽の聴き方」を変えてしまう発明だった。
音楽といえばソフト(アーティスト)もハード(ウォークマン)もソニー、という
時代があった。
 
 コンピュータが個人に浸透してきて、音源をコンピュータに保存し、携帯端末型プレーヤーで聴く、という「発明」がなされた際に、ソニーはグループあげてそれに抗う方針をとって、「それまでの形/権利/名声」を守ろうとした。
「作家(アーティスト)の権利を守る」というお題目もあったと記憶します。

 「iTunes」で奥田民生の楽曲を買って落として聴けない残念な現状である時点で、ソニーはもう負けたのだと思います。


 旧いシステムは、新しいシステムの登場を最初笑うし、侮れないとなれば、おそれて守りに入るし、そして自らの旧さを認めて変化しなければ、負けます。

 

 小学館が、「経営的に」ヤングサンデーは負け、と判断し、撤退する、そこまでは、汲むとしましょう。

 そのあとの「新しい漫画の提供のしかた」、「漫画を読ませる道具(紙?インターネット?)の提供の意思」、を、経営陣の皆様が提示なさるなら、あるいは編集部/現場の意思をくみ上げての提示をなさるなら、今回の、「多くの人が(俺も)愛した雑誌」をこの世界から永遠に失わせる決定も、甲斐があるでしょう。
 「ヤンサンの死」も報われます。
 身を切られる思いをしている人は、そのことを忘れるべきではないし、決定を為した皆様は、身を切られる思いをしている人がいることを想像し、それに報いるだけの「次のモデル」を提示していただきたいです。

 

 「次のモデル」は何かなんて知らんよ。
俺の考える筋合いじゃないよ。
 
 俺は漫画を描くだけだよ。

「聴かれる力のあるアーティスト」は、レコードから、ウォークマンから、iPodになっても聴かれ続けるみたいに、読まれ続ける漫画を目指すだけだよ。
iPodを発明するのはミュージシャンの仕事じゃないでしょ。

 その時に効率の良い「読まれ方/対価の発生のしかた」に乗せて読んでもらえるものならば、「読まれ方」は何だっていいんだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・・・と。

「iPodを発明するのはミュージシャンの仕事じゃない」とさえ書いていた通り、僕がこれを書いた時点で、佐藤秀峰さんが「課金制オンラインコミック」の構想を世に出していたわけではないのですけれど。

また、みずから

「「次のモデル」は何かなんて知らん。
俺の考える筋合いじゃない。」

とも書いてはいたのですけれど。

今思うことは、早く「描く場所」「描く状況」の話をやめにして、ただ面白い漫画を描きたい、ということです。
そもそも実際には、「描く漫画が面白いかどうか」ということだけでも、精一杯なのだから。


個人的な事柄になると、2ヶ月前に書いた、10周年のごあいさつエントリーでも触れましたが、
この数年間そして今年をピークに、友人知人の死が大変身近なことになりました。

生きている人からの苦しい声も聞きました。

けれど、お手本の無いような生き方を選ぶ時点で、生き死にの淵と無関係なわけはないですね。


そしてもちろん、同じくらい、楽しいことも嬉しいこともありました。

この先につながる1年を過ごせてよかったです。

読者さんと、そして関わってくださる多くの関係者の皆さまのおかげで、僕と、僕の描く漫画は今年も助けられて来ました。

お礼を申し上げます。
ありがとうございました。

この1年に起きたことを思うと、1年後、色々なことがいったいどうなっているのでしょうか。

「日本沈没」を完了させた昨年の12月から1年をかけて、自分の船の舵を慎重に切り直す1年だったように思います。
お手本がなくて、難儀したなあ。
どうにか、新しい進路に必要な項目の洗い出しと、舵の切り直しは出来ました。

新しい年は、その新しい航路からどのような風景が見えるのか、楽しみに冒険を続けたいと思います。


皆さまにとって、どうぞ新しい1年が良い1年でありますよう。

2010年もどうぞよろしくお願いいたします。

鏡餅

鏡餅って、やってきてくれた神サマが座る場所だって、知ってました?
僕は知りませんでした。
飾ってみました。

| 日々のこと | 18:46 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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