一色登希彦/ブログ 

一色登希彦 ブログ / 三重県の小さな町に在住 現在は飲食店に従事 漫画描いてました

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

九段坂下クロニクル(2009年11月30日(月)発売)/コメント

九段坂下カバー

九段下にある、九段下ビルと呼ばれている現存する建物をモチーフにした、著者4名によるオムニバス(アンソロジー?)単行本です。

著作コメントです。以下→


著者/一色登希彦・元町夏央・朱戸アオ・大瑛ユキオ
発行/小学館(イッキコミックス)
価格/690円(税込み)
発売日/2009年11月30日(月)



著者4名によるオムニバス単行本です。
「アンソロジー」とも言うらしいのですが、ちょっとコトバを使い慣れません。

収録作/
一色登希彦「スクリュードライブ ~らせんですすむ~」
元町夏央「ごはんの匂い、帰り道」
朱戸アオ「此処へ」
大瑛ユキオ「ガール・ミーツ・ボーイズ」

他の著者の方もこの単行本のことを自身のブログ等でつづって下さると思います。
それも想定し、単行本の中には、あえてこの本の経緯を言葉多くは載せませんでした。

自分の名には「単行本企画総監督」というクレジットを記載させていただきましたが、その立場で少し書きます。
ですので、つづるのは、この単行本の内容の面白さではなく、この単行本が生まれたことの、個人的な背景になります。
シリーズで書いている、「漫画家のなり方」と、根と枝葉が同じものになります。

読み進める方はその点をご承知ください。

2年と少し前、2007年の前半に、小学館の月刊誌「IKKI」(イッキ)の漫画賞「イキマン」に新しく「単行本部門」という賞が設けられました。
「雑誌掲載は無い代わりに、審査にかなえば応募作を単行本化」という、大胆な、気のいい賞です。
単行本のページ数(200ページくらい)に相当するネーム(漫画の下描きのようなもの)と、その中から完成原稿を20ページほど、が応募の条件にされていました。

「おお、イッキは例によって面白いことを考えるなあ」という感じで、ココロにとまっていました。
が、しばらくして、
「これ、人ごとじゃなくて、応募すりゃいいじゃないか」と思い立ちました。

だって通れば単行本化ですよ。

同じモティーフをベースにして、何人かで1話ずつ描いて、「オムニバス形式で1冊分のページ数の本」という形の提案をしつつ、応募しよう、と考えました。

「ひとりで200ページは大変だから」という理由はもちろんあったのですが、何人かの「漫画描ける人」にお声がけした大きな理由は他にあります。
(これは自分の個人的な動機です。この本の他の著者のみなさんには、この理由を話したわけでもないし、この個人的な理由に賛同してもらって進めて来た企画でもないことは、お断りしておきます。)

この単行本の他の著者のみなさんは、僕の仕事を手伝ってくれていた縁があり、見知っていた方です。
当時のみなさんの立場を、便宜的に「新人」と呼ばせてもらいましょう。

2年前の2007年当時、新人さんが漫画を描いて商業誌に発表し、漫画家としての生活を切り拓いて行くために用意された状況は、目に見えて悪くなって来ていた、というのが、その時の僕の印象です。
そうした状況を懸念していました。


ひとつめの懸念は、具体的には、漫画雑誌の「増刊」が発刊されなくなってきていたことです。
漫画業界とは無関係の方に向けて解説しますと、新人作家さんは、多くの場合、まず雑誌の「増刊」号に読み切り作品が載る機会を得て、さらに「本誌」に単発掲載、さらに長期連載、という出て行き方をします。
雑誌の「増刊」が出ないということは、新人作家さんの発表の場と鍛錬の場が少なくなることを意味します。

刊行ペースの少なくなった「増刊」号にどういった作品が載るかと言うと、まず、すでにプロとして連載を持っている作家さんの読み切り作品を「看板」として持って来ます。
そうしたことは今まで通りかもしれないとしても、さらに、たとえば本誌(週刊誌が中心)の刊行ペースでの執筆が難しいと思われる作家さんの連載作品をはじめ、「安全に完成度が保証される」既存の作家さんの作品が多く載り始めます。

相対的に削られるのが、「新人作家の掲載枠」です。
新人の作品は、ネームを描き、それを「コンペ」と呼ばれたりする「会議のようなもの(だと思う)」に集め、そこで、「どの作品を載せるか」が決定します。
「コンペ」の本当の実態はよくわかりません。贔屓や偏りや出来レースがあるかも知れません。もうそういうものも今となっては別にあっても良いです。そういうことがあっても載るのなら。
それまでは、1冊の増刊号の半分位がそうした新人のコンペ通過作品であったのに、いつの間にか、実質2本か3本載るかどうか、という状況になってきてしまいました。
刊行ペースは少なくなる上に、新人の掲載枠は目に見えて減ってくる。
結果、「コンペ」を通らなかった際に新人さんが言われる決まり言葉があります。

「出来は良いのだけれど、枠がないから載せられない」

こういった報告を、何度も聞きました。

あるいは・・・僕が見て、どう見てもその新人さんが以前に掲載した作品よりも面白い、良い出来のネームなのに、落選し、難癖としか思えない理由、理由とも思えない理由、担当編集者も迷走しているように思える様子が添えられて戻ってきます。
そうなると、
「出来は良いのだけれど、枠がないから載せられない」
と正直に言われた方が、まだマシかも知れません。

雑誌の増刊号が減り、新人作家の掲載枠が少なくなったことが、新人作家の立場を苦しめ始めているように感じ続けていました。


ふたつめの懸念は、漫画家を目指す人と、編集者、双方とも、目に見えて「仕事の技術」が低くなって来たことです。

もう少しだけ噛み砕きましょうか。

漫画家を目指す人は、明日をも知れぬ身でどれだけどん欲になる必要があるのかを知らないまま、ただ傷付きやすいだけのココロを持て余すようになってしまった。
誰に、どのような助言を求めて、どのように、どれだけ成長する必要があるのかを知らないままです。

編集者は、戦略も技法も身に付けないまま、思いつきでしかないようなやり取りで新人にネームを描かせ、そのネームがその回のコンペに通らないことが、新人のココロと「作家寿命」にどれほどのダメージを与えるか、想像できなくなっています。
来月も給料を貰える立場の人間が、相手には生活の保証も出来ないでいる、その想像力もないまま、「次はちょっと考えを変えて狙おうか」と簡単に言います。

それぞれの場所で、「アタマの悪さ」が度を超してきたように感じていました。

その要因は、漫画に必要な技術や思想がきちんと引き継がれていないコトです。
それは同時に、自分の居る「場」と「コミュニケーション」についてとても無自覚になってきてしまった、ということです。

こんなことがいつまでもまかり通るものなのか?
もうそんな社会状況ではないのではないか?
それをその2007年当時は、それ以上は明確に言語化は出来ませんでした。

ただ、ひとつ目の懸念
「雑誌の増刊号が減って来た」という体感は、翌2008年に例えば「週刊ヤングサンデー」の消滅という形になって顕在します。
その時に書いたエントリーはこちら→#34 「週刊ヤングサンデー」休刊

ふたつ目の懸念
「みんなアタマが悪くなって来た」という予感も、翌年の同時期、ヤンサンの消滅とは関係ないはずなのに時期的にシンクロするように生じた、雷句誠さんが小学館を提訴した出来事で顕在します。
その時のエントリーはこちらです→ #35 編集者/出版社への「ネガ」を、なるべく自分が言わないようになってしまった理由

編集者のアタマの悪さ、に関して付加的に書きます。
このことで何が始末に悪いかと言えば、むしろ編集さんひとりひとりは、能力も熱意も意思もあるのに・・・ということです。
その「能力」が活きない。効率よく発揮されない。そのことが問題です。
ですので少し言い方を変えて、「編集さんの属する組織のアタマが悪くなった」と言ったほうが良いかもしれませんが、組織の成員は個人、個人の集まりが組織です。
必要な相手に、煙たがられずに、批判的にこの事実が届く言葉は、残念ながらなかなかありません。

「技術者は優秀なのに、組織がアタマ悪い」ことの典型例ですので、同じように思える例を挙げましょうか。

自分の興味の領域の話で、F1の話題。
本年2009年のF1チャンピオンとなったチーム、「ブラウンGP」は、昨年撤退した「ホンダF1」のファクトリーチームの抜け殻のチームです。
「抜け殻」のはずが、シーズンが終わってみれば誰もが予想しなかった、そして「ホンダF1」の時には届きもしなかったチャンピオンタイトルを手にしました。
本年度の「ブラウン」の強さの秘密に迫る記事をシーズン半ばに読みました。
(注/このエントリーは報道ではないので出典明記はしません。興味のある方は、調べていただければわかると思います)
それは、ブラウンGPの親分のロス・ブラウン氏は、チームが「ホンダ」だった昨年2008年のうちから、同年序盤に消滅した(消滅させられた)、佐藤琢磨を擁して鈴木亜久里オーナーが率いていた「スーパーアグリ」チームの「2009年に向けての技術ノウハウ」を吸収し続けていた、というものです。
そして、その「スーパーアグリ」チームの「2009年に向けての技術ノウハウ」は、本家「ホンダ」ワークスチームにはなかなか技術提案を採用されない日本のホンダの技術者たちが、ならばそれを「スーパーアグリ」チームで叶えようとして作り上げていたものだった・・・という話です。
ストーリーとして都合よく語られた部分はあるでしょう。
けれど、記事の締めくくりは、「今年の、ずば抜けて早いブラウンのマシンは、撤退しなければ本来はスーパーアグリのチームが走らせていたマシンであった」ということを強く示唆して終わります。

「個人としての技術者は優秀、しかしその個人を擁する組織がアタマ悪い」

このことで割を食うのは、組織の中の「意思ある個人」、そしてそれ以上に、
その組織と向き合わされる、外側の「個人」です。


さて。

漫画家さんは色々ですが、僕は、スタッフさんはじめ、新人さんのネームを見せてもらい、そのネームに良い助言となることを願いつつ、ああでもないこうでもないというやりとりをずうっとしています。

その頃までは、むしろ新人さんに厳しい助言で良いと思っていました。
例えば新人さんは、自分のネームが通らないと腐りますし、その勢いで、コンペに通って掲載された他の新人さんの作品をこき下ろしたりします。
その頃までは、そう言う態度をシンプルに注意出来ていました。
「自分が落ちたそのコンペに通った別の作品を貶めるということは、コンペの場と、落ちた自分の作品をも貶めることになるよ」
と言えばよかったのです。その上で、
「自分の努力不足を棚に上げてはいけない。地道に努力しなさい」
と言うことができました。

ただ、そのころから、そう言いきる自信がなくなっていました。

当事者の新人さんは、自信なさげに、いつも、
「自分の作品を載せない雑誌はおかしいのではないか?
それとも、雑誌に載ってしかるべきだと思う自分がおかしいのか?」
と思うココロと闘っています。

それと同じように、その様子を見ているこちらも、
「この新人の作品を載せない雑誌はおかしいのではないか?
それとも、雑誌に載ってしかるべきだと思うオレがおかしいのか?」

だんだんわからなくなって来ます。
そのわからなさは、もはやリミッターのラインを行ったり来たりしていました。

ようやく話は振り出しに戻りますが、
「この人たちの描く漫画は、ちゃんと面白い」と証明出来るはず、という思いが、
「イキマン」単行本部門への応募というアイディアの火花への燃料になりました。

結果的に4名となった著者のネーム(完成原稿を1部含む)をまとめ、応募作として発送する際に、自分は「代表者」をもって任じ、
「4名の著作の内容/クオリティに関する権限と責任を負う」
旨を記載しました。

イッキ編集部の本来の思惑/意図がどのようなものであったかは全てを知ることは出来ませんが、自分で課したテーマは、
「雑誌掲載のプロセスをすっ飛ばして、漫画作品の質の向上/維持ができるかどうか」
でした。

現在、通常、漫画作品は雑誌掲載を前提して、編集者と漫画家が共同作業的に作品を煮詰め、作り上げて行きます。
「ネームを推敲する」という作業に、日本の漫画が持つ質の高さの秘密のひとつがあります。
雑誌掲載が前提ではなく、「即、単行本化」ということであれば、もしかしたら「編集者とのネーム推敲」はかなわないかも知れません。
その人的コストを編集部が払ってくれるとは、応募要項には書いてありませんでした。
つまり、「編集者とのネーム推敲もなしで、ハナからクオリティの高いものを持って来た場合のみ、単行本化しますよ」と言っているようにも取れるわけです。
編集者とのネーム推敲はかなわないかも知れない。
その代わりに「ネーム推敲」を行う者が必要です。
この企画に関しては、自分がその役を担うことに決めた、というわけです。

選考結果は、即入賞→出版とはいかなかったものの、
「編集部とのやり取りの中で内容を煮詰めて行きながら、単行本出版を目指す」という
判断をいただく扱いとなりました。

2007年の暮れのことです。

イッキ編集部より名乗りを挙げて下さった編集者さんと共にやり取りを進めていくことになり、自分ひとりだけで皆のネーム推敲に権限と責任を負うという重責からはほんの少し解き放たれましたが、「編集者的に皆のネームに関わり、作品をよりよいモノにしてゆく」という楽しくも難しい作業が続きました。

人が創るストーリー/作品に対して、それを「よりよいモノにする」などという行為。

それが意味することへの思いや、具体的なコミュニケーションの問題。

自分の内臓が3回転半宙返りしてるんじゃないかという局面も、多々ありました。

基本的に
「本が世に出なかったらもちろんのこと、結果としてよいモノ/よい本が出来なかったら、これは死ぬしかないなぁ」
という思いで日々を過ごしていることに気付きました。

これは、単に1本の漫画を描く者としての思いとは別のものでした。

漫画を愛する編集者さん(あるいは漫画家以外の漫画関係者)の思いというのは、つまるところはこういうものか、とバカみたいにようやく思い知るわけです。


本は、出来ました。

そしてどうにか死なずに生きています。

強くお薦めしたい本になりました。

お手に取っていただき、読んでいただくことが出来れば、さらなる幸せです。

割合と応募当初の内容を残した作品もあれば、ずいぶんと様変わりした作品もあります。
その詳細は、またそれぞれの著者さんが、書きたい範囲で書いてくださるかもしれません。

当初の思惑を大きく超えて、上梓まで2年の時間がかかりました。
この長い時間は、本の内容、各話のクオリティにとっては、吉とはなったと思います。
時間をかけた分、よいものになりました。

反面、現時点で「イキマン単行本部門」から本作以外の受賞/単行本化がなされていないことを含め、2年の年月がかかったことに関しては、編集部側/作家側双方が考えなければならない問題を残します。
「新人発掘/育成」
「新人作家の名刺代わりの単行本」
を目指す意味がもしもあるのであれば、
2年かかる、というのは厳しいです。

印税のみで原稿料が出ない、ということは承知の上での企画だとしても、この「九段坂下クロニクル」に限っていうならば、この本を世に出すための、僕(一色)/アトリエモーティヴとしての「持ち出し」の出費は、数十万円では収まっていません。
それぞれの著者さんのさらなる個別の出費は別にして、です。
そのことに関し、この本に関しては、それは良いです。
「雑誌や版元さんは、いつもこのコストを出費していたというわけか。しかもさらに雑誌を作って売って、ということをしているわけですね」
ということを、知りました。

すごいです。

本の出来にとっては有意義な2年間でしたが、その2年の間に、漫画の状況はエラいことになってきました。
本エントリー冒頭に書いた、様々な懸念は、ますますその形と大きさを広げています。

けれど僕は、この本を世に出すまでの作業の中で、得難いものをたくさん身に付けました。
それは今後に活かせることばかりですので、自分に関しては、前述の「持ち出し」の出費は無駄にはなりません。
自分で課したテーマと書いた、
「雑誌掲載のプロセスをすっ飛ばして、漫画作品の質の向上/維持ができるかどうか」
という命題と、得られたモノを思うと、果たして2年経った今、的確な問題設定であったと思っています。

この単行本を生み出してくれた「イキマン単行本部門」から、2弾目3弾目が生まれることを切に願います。
もしも、応募を考えている方、自分と自分たちにできる助言でしたら厭いません。必要でしたらお問い合わせください。経験を踏まえて、戦略に及ぶお話まで出来ます。

著者のみなさん。
お疲れさま。
発売おめでとうございます。
本当にありがとうございました。

イッキ編集部のみなさま、
名乗りを挙げて下さり、粘り強く担当を続けて下さった豊田夢太郎さま、
通常の作業とは違う困難を負っていただくことになりました。
感謝に堪えません。
ありがとうございました。

挿画として作品を使わせていただいた大西信之さん、
素晴らしい解説を書いて下さった植田実先生、
ブックデザインのセキネシンイチ制作室さま、
本当にありがとうございました。

そして手に取って下さった読者のみなさまに
感謝します。

| 著作/九段坂下クロニクル | 00:08 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

TRACKBACK URL

http://toki55.blog10.fc2.com/tb.php/172-e1630a4b

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。