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一色登希彦 ブログ / 三重県の小さな町に在住 現在は飲食店に従事 漫画描いてました

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「漫画家のなり方」62

第12章 アシスタントの日々になすべきことについて

   その19 編集者/雑誌/読み手をバカにした時点で、バカは自分です

好きな漫画家さんの漫画が、その雑誌にきっと載っていますよね?ということは、自分がバカにした編集者が、その漫画家さんとはナイスな仕事をして、面白い漫画を載せている、ということです。
ならば、この場合、バカなのは自分です。


「その15」で書いたように、正しい「批評」が出来ること。
この前の「その16」「その17」で書いたように、自身を大きく見せても小さく見せてもいけない、ということ。
そうしたことと同じ話です。
常に、平熱で、等身大でいることを心がける。
それができないでいると、自分で自分の正しいサイズをつかみそこねる。
それはつまり、相手、世界、の、正しいサイズをつかみそこねることを意味します。
そうすると、自身と世界との、正しい位置関係の把握が不可能になります。

商業誌に載っている漫画を「つまらん」と思うまでは構わない、と、「その15」でも書きました。構わないのはそこまでです。
えてして、その勢いのままに、編集者や雑誌や、下手をするとその読者までをバカにします。
これは、自分が経験的に見聞きしたことを述べています。

相手をバカにすることで、自身の位置を保とうというココロの動きであるわけです。
が、動かしがたい、ひとつしかない「現実の位置関係」のなかで、相手の位置を「落とした」からには、自分の位置がそのままであるわけはありません。
相対的に、自分の位置を落とすことを意味します。

何らかの関係性のなかで、その一端の評価をなすということは、他の一端、他の構成要素にも、同じ評価を与える、ということです。

何らかの関係性のある相手をバカにするということは、自身をバカにするということです。
相手に因縁をつけるということは、自分に因縁をつけることです。まさに、因縁をつけるのですから、因果はふっきれません。背負うことを再確認するだけです。

相手を劣位に置くことで、自分を優位に置くことが可能であるというのは、ひとつの「フィクション」に過ぎません。
漫画や映画やテレビの見過ぎです。
そうした「フィクション」を現実に適用すると、文字通りのしっぺ返しをくらいます。
相手を劣位に置くことで、自分を優位に置くことが可能であるのは、例えば、「スポーツ」という「ゲーム」のような、「仮の、世のルール」で動く世界での、遊びのやり取りの話です。

といって、念のために添えておきますが、「世界、人類、みな平等」などと言っているわけではありませんよ。

「相手を劣位に置くことで、自分を優位に置く」というのはフィクションですが、それでも世界の「その場」「その場」において、「優劣」といっていい相関関係は存在します。
その「優劣」に、自分自身が関与できるのは、「自分自身の優劣」のコントロールだけです。
自分次第で、自分を「優」に置くこともできるし、「劣」に落とすこともできます。それだけが可能です。

その際に、
「相手を貶めて、自分を優位に」
「相手が優れているから、自分がみじめ」
というフィクションに飲まれていると、いつまでも間違いから抜け出せません。

自分で、「自分の絶対位置」だけをコントロールするしかありません。
相当に孤独で、エネルギーを要する作業だということはわかるでしょう。
群れて、「優劣ゲームのフィクション」を現実だと思ったままだと、かなわないことです。

他者をバカにするのは、まだひとりではできないことを、他者にゆだねて甘えて一緒につきあってもらっている、というだけのことです。

自分の周囲をバカにしてはならない。


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| 長期シリーズ/「漫画家のなり方」 | 08:55 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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